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わたしの心の風景メモ。 


by sachiolin
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何度聞いても、すばらしい。
息を通してくれるような
風が駆け抜けるような演奏。


今日の言葉*

 誇りを持てない人が多いという話を聞くたびに、私は残念に思います。
 なぜなら、誇りというのは持つとか持たないという類いのものではないからです。誇りとは自尊心と意味づけられます。自尊心はこの世に生かされている感謝の気持ちの裏返しですから、そもそも私たち全員が持っているものです。
 自分がこの世に存在することを両親に感謝し、周囲に感謝し、お天道さまに感謝する、その気持ちの裏返しとして持つもの、それが自尊心のある誇りです。誇りは相対評価の結果として存在するものではありません。

矢作直樹「おかげさまで生きる」
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by sachiolin | 2014-08-11 12:39 | 聴● | Trackback | Comments(0)

観■ 風立ちぬ

風立ちぬ、とても不思議な映画だった… 静かに余韻に浸りたくなる映画だ… 風がかけぬけて、すべては夢のごとし。生きるというのは残酷だ。時に夢というのは現実よりもずっとリアルである。そして現実というのは、時にまた夢のようだ。究極のリアリストには、この映画は大変無意味に感じるだろう。夢と現実の狭間を行きつ戻りつ、移動し続ける。生きる限り、動き続ける。失い続ける。実際に、映画のなかでも、ほとんどずっと移動している。空を飛び、線路を辿り、川を渡り、道を歩く。夢のなかではさらに自由に世界を駆け抜ける。夢。現実にみる夢も、寝ている間に見る夢も、おなじ「夢」ということばで語られる。夢というのは、不思議だ。この映画をみて、フェリーニ監督の「81/2」を思い出した。特に冒頭の夢のシーン。あの映画も、夢と現実を行き来するような不思議な映画だ。「風立ちぬ」は、物語のもつダイナミズムのようなものや、話の山場、感動的なシーンや、そのタイミングというものを、わざと外して、揺らがせつつ、つくられたようにも感じた。というのも、もっとドラマティックにもできただろうし、もっと筋立てて、順を追って、壮大な一つの楽曲のように、創作することもできたと思うのだ。しかし、この映画のなかでは、そのように一つ一つの積み木を重ねていくように、物語が進んではいかない。もちろん、物語は関係性のなかで進んでいくのだが、夢が介在することにより、積み木が積まれるのではなく、その度にむしろ壊され、つなげられ、それらが、空に浮かぶ雲のように、生成されたり、消えたりしながら、全体としてゆらいで動いていく。しかし考えてみると、生きるというのは、浮き雲のようなものなのかもしれない。「原因と結果」として、直線で結んだり、対象化し、分析したりできない。ひとつの大きな夢のようなものなのかもしれない。生きるという出来事が、雲のように空に広がり移動する。生きれば生きるほど、矛盾は広がり、引き裂かれるような痛みを内に抱え、それでも、そのなかで、皆ひとりひとり、生きていかねばならない。正直に。関東大震災のシーンがあった。あの絵コンテを描いたあとに、311があったという。それから、そのあとも描き続けるのは辛かっただろうと思う。それでも、この映画を敢行したのだろうと思う。今は大変な時代だ。生きにくい時代だ。しかし、やはり、たくさんの死の上に、たくさんの失われた夢のなかに、私たちは今生きているのだなあと、そんな当たり前のことを思った。今、自分がこうして生きているということを思った。あっという間に、町を空を人間を覆い尽くすような出来事のなかに、生きるということの矛盾のなかに、美しさの尻尾をつかむようなことがある。美しさとは、ひこうき雲のように、その残像なのだとも思った。その残酷さと儚さが、静かに淡々と浮き立つような映画だった。風立ちぬ、また観たい。



今日の言葉*

「創造的人生の持ち時間は10年だ」
「君の10年を力を尽くして生きなさい」

その10年は18歳から28歳なのか、28歳から38歳なのか、人によって違うんです。でもそれがいくらでもあるんではなくて、そのときに力を尽くさねばいけない。損得ではないと思います。力を尽くして生きて欲しいですね。

宮崎駿


かなり詳しい予告なので、映画まだの方は見ない方がよいかもしれません。。


8 1/2の冒頭シーン

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by sachiolin | 2013-08-03 02:28 | 観■Film | Trackback | Comments(0)

坂口恭平×坂本美雨

とてもよかった。



君が死んだらまずいよというのがコミュニケーションであり経済。
才能、タレントの語源は古代ギリシャ語のタラントン(金や銀の質量)。
金は天下の回りものではなくお前こそが実は天下の回りもの。
寺尾紗穂さんの歌声も素晴らしい。
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by sachiolin | 2013-04-10 02:24 | 風 ∬ | Trackback | Comments(0)

聴●82歳のピアニスト

今晩は、82歳のピアニストの演奏会に行った。

前半はシューマン。
後半はショパン。

ピアノリサイタル、というのは、実は
今までで、一度くらいしか行ったことがない。

ピアノという、大きな黒いものに向かって、
舞台の上で、ひとりの人間がひたすら
音を奏でるという世界には、異様なものさえ感じてしまう。
すごく孤独で、すごく静かな深い闘いのような。
ヴァイオリンという楽器の持つキャラクターと
ピアノのそれとは随分と違うものだ。

私にとって、ピアノは、水面を思い起こさせる。
夜の林の中の静かな湖。波紋が伝わる。月が輝いている。
春の小川。魚が水しぶきを上げて、水を揺らす。
そういう水のイメージがする。

私にとって、ヴァイオリンは、空と風を思い起こさせる。
広い草原と広い空。空の上の方で鳥が旋回している。
鳥のように、風のように、空を自由にかけめぐる。
そういうイメージがする。ドイツの師匠の音は、
勢いのあるつむじ風のようだった。大好きな音。懐かしい。
弓の動きは、呼吸と似ている。息を吹きかけて命が芽吹く。



82歳のデームスさんは、ものすごく美しい音を奏でた。

特に、ショパンの子守唄が素晴らしかった。
瑞々しくて。キラキラしていて。不思議な死の香りがするような。
眠りというのはある意味、死だから、聴いていて連れて行かれそうだった。
なんて美しい曲なのだろう。聴きながら、なぜか桜が散る様子がふと
思い浮かんだ。その下で、赤ちゃんを抱く女性がやさしく微笑んでいる。
生を抱きながら、死が舞っていく。時間がとまっているような流れている
ような、そういう不思議な空間に包まれた。




続く、舟歌もすばらしかった。
水面がキラキラと光るのがみえるようだった。
光と影のなかで、たゆたう感じがたまらなかった。
82歳という年齢でしか表現できないような色と影があった



アンコールも3,4曲弾いた。
休憩をはさんだものの、2時間たっぷり。

すごいなぁ。


色々考えてしまった。

自分が80を過ぎたときに、これほど
音楽ときちんと向かえているのだろうか。
つまり、自分ときちんと向かえているのだろうか。

すごくそれは、根気と我慢と努力と勇気が要ることだ。


あと、どれくらい生きられるのかは分からないけれど、
ここのところ、自分からすこし逃げていたのだと、
82歳の丸まった背中と、繊細な指先が気づかせてくれた。


がんばるよ、デームスさん。
がんばるんだよ、自分。










今日の言葉*

「視界が曇っていても、覚悟を決めた瞬間、くっきりと晴れ渡るという経験は、誰にでも一度や二度はあると思う。視界を曇らせている原因は、外的環境ではなく、きっと自分の内側の濁りなんだろう。いろいろなことを知り、考えて、分別臭くなることは避けられなくても、畢竟、一度限りの人生。 」

(佐伯剛さん)
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by sachiolin | 2010-10-27 00:53 | 聴● | Trackback | Comments(0)

● Blossom Dearie

最近ジャズの世界に魅かれている。
まだまだまだまだ未知の世界。
その新しい窓から吹いてくるやさしい風は、
魅惑的な香りがして、私は思わず目を閉じて、
その喜びに浸る。ジャズ、いいわぁ。

最近知った歌手のひとり、Blossom Dearie。

よい。よすぎる。初めて聞く究極の囁きヴォイス。
とろける。自分てものをとり囲んでいる防波堤が
みるまに崩れていく。あなたに、とかされてしまう。
なんだろう、この不思議な歌声は。


すごく、近く感じるのだ。


それは、なにより、彼女自身が、
音楽と近いってことなんだろう。

きっと、うまく歌おうなんて思ってない。
きっと、感動させようなんて思ってない。

あるがままに、あふれるままに歌ってる。
あるがままに、あたりまえに歌ってる
それは、簡単なようで、簡単でないこと。

自分のために?好きな人のために?
誰かのために?何かのために?
何のためでもなく・・・・?


私が、これからの時間で、育んでいきたいのは、
多分、彼女のような、こういう「近さ」なのかも
しれないなぁと、何度も何度も聞き惚れる。





これもすごくすき。



これもすごくいい。
ピアノの弾き歌いっていい。
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by sachiolin | 2010-05-27 08:32 | 聴● | Trackback | Comments(0)

聴● Jackson 5 Gold

この前都会に出たときに、
久しぶりに、CDというものを買った。
お目当ては、マイコーの「ヒストリー」だったが
なかった。そこで出会ったのがこちらのアルバム。

Jackson 5 Gold 二枚組。


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もう。マイコーサイコーです。すごすぎる。
聴いてると、自然とsoulという言葉が浮かんでくる。
命を削って歌ってるのだよな~。まだ大人になってないマイコーなのに、
なんでこんなに切なさが伝わってくるのでしょう。分かっているのでしょう。
愛する切なさ。生きる切なさ。泣けてくる。すごいわー。天才だわー。


マイコーの歌声を聞いてると、今日もがんばるぞって思えちゃうし、
お掃除も、皿洗いもスイスイできてしまうし、
生きてきてよかったと思えるし、踊り出したくなっちゃう。

なんだろな、このワクワク感は。



クラシックからますます興味が薄れている最近のワタクシ。
毎日毎日クラシックを聴いてきて、続けてきて、
それが飽和したというか、なんというか。
よく分からないけど、そういう時期なのかも。
きっとまたしゅるっと戻ってくるのだろうけど。


今は、自分の中で、新しい風が吹いている。


松井敬治さんの音世界を聴いてから、
ずっと「そもそも音楽ってなんだ?」という
シンプルな問いが自分の中で、疼いている。


世界にはたくさんの人がいて、たくさんの音楽を聴いていて、
たくさんの音楽が今日も生み出されている。

もっともっといろいろ聞いてみたい。
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by sachiolin | 2010-02-21 22:59 | 聴● | Trackback | Comments(0)

最近の空模様

毎週欠かさず読んでいる、占いサイト、筋トレ
なんか、モノゴトの本質をぐいっと掴むような
ことが書いてあることがあってたまにドキッとする。
単なる星占いというよりは、哲学のような。
年報も、味わい深くて、ついついじっくり読んでしまう。
当たってるとか当たってないとか、そういう次元じゃなくて
なにかを考えさせられるような文章。たとえ当たってなくても
文句を言いたくなるような占いではないのだ。


空模様ということばは、なんだかいい響きだなと思う。

空を見るのが、わたしは好き。
時間を忘れて、ぼうっと見入ってしまう。

私の住んでいる家は、高台にあって、
キッチンの窓からの眺めは最高だ。
ゆるゆると下り坂なって、町の端っこの大きな通りがあり、
その道の向こう側には、またゆるゆるとのぼり坂になって、
緑に囲まれた高級住宅地があり、その向こうには山が見える。

仕事から帰ってきて、パジャマに着替えてから、
夜ひとりで、キッチンから、その家々の明かりを眺めていると
ひとつひとつに、きちんと生活のドラマがあるように感じられて、
心がほっとなったり、じーんとしたりする。
家っていいもんだ。人がいる家っていいもんだ。



今日の空は灰色だった。
これといって、変化のない、灰色だった。

昨日の空は水色だった。
雲の流れがとても速かった。
といっても、嵐の前のような恐ろしさのある速さではなく、
雲たちが浮足立って楽しそうに移動しているような速さだった。
本当は、すべての雲が、他の雲よりも速く行きたいけど、
礼儀正しく、足並みをそろえているようだった。
雲たちが皆そろっていそいそとお出かけしているに違いなかった。
雲たちのパーティー。とびきりのごちそうと、とびきりの音楽が待っている。
さぁ暗くなるまでに移動しないと。さぁさぁさぁ。しゅるしゅるしゅる。

風よ、私たちを連れて行っておくれ。
雲たちにとって、風はタクシーに違いなかった。
メーターが、ぱちんと音を立てて、上がった。
雲たちは、「飛ばしておくれ、高速空路を使ってもいいから」と
運転手をあおりたてた。「そうは言われてもねぇ、御覧の通り、
渋滞していまっさ、お客さん。ここを抜けない事にはどうにも。
空はひろいけど、これじゃぁねぇ。今日は何かあるんですかい?」 

今夜は雲たちのパーティー。
とびきりのごちそうと、とびきりの音楽が待っている。
さぁ暗くなるまでに移動しないと。さぁさぁさぁ。しゅるしゅるしゅる。



筋トレより、さそり座の空模様。

★★★
がつんと進めていくときです。
心配事や不安なことなど、あって当然です。
ない方がむしろ、オカシイのです。
心配や不安も今は、
ドライブフォースになると思います。
それらを人と共有することが、
前進するための一つの力になるのです。

今週、勢いの良さや建設的な姿勢と同時に
懸念材料や恐さなどをも
見せていくことになると思います。
どちらか「だけ」ではなくて
両方を見せたときに初めて、
大きな説得力が生まれるような気がします。
両方をテーブルの上にのせてみたとき、
自分の本当の強みや課題がくっきり見えてきますし
そのことがさらに
周囲の信頼感を強くしてくれるのだろうと思います。


★★★
試作品を見せたら
「おお!」
と歓声が沸き、
そこで今までなかなか出なかったゴーサインが
満場一致で出る!

というような
そんなイメージの週です。
百聞は一見にしかず、
なんでも目で見て、手で触って、匂いを嗅いで初めて
頭じゃなくて体が納得する
ということがあるのです。

・・・・

今週の蠍座にもそんな、
「形」と「成果」の結びつきがありそうな気がします。
そして、その結びつきが
何らかのとてもあたたかくてうれしい「ゴーサイン」を
生み出してくれるのだろうと思います。



今日の言葉*
「トルストイは自分が天才であると云ふ事を自分で承知してゐるが、
ドストイエフスキーはそんな考は少しもなく、ただ自分の生活の為に
あれだけの仕事をした。ゲーテは自分の名が後世に伝はる事を
生きてゐる内からしってゐたに違ひないが、シェクスピヤは
今日まで自分の作品が読まれようとなどとは夢にも思はなかった
であらうと云ふ様な事を漱石先生が話されるのを聞いたことがある… 
何事によらず自分と云ふものにこだはる事をきらはれた様で、
晩年の先生の則天去私もさう云ふ気持に通じてゐると思はれる」

(内田百閒・私の「漱石」と「龍之介」より)
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by sachiolin | 2009-12-12 01:36 | 占∴ | Trackback | Comments(0)