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わたしの心の風景メモ。 


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聴●他人の顔

武満徹 / 他人の顔


なんてすてきな音楽。

安部公房
武満徹
勅使河原宏

すごいアンサンブルだな
いつか観てみたい映画。

同じ監督で、「砂の女」を観たのを思い出す。
怖かったな。ぞくぞくした。しばらく砂の世界にいた。

本当に安部公房って天才。

しかし、他人の顔、3分だけでも怖い・・・。
想像以上・・・・。。。



そして、全部観られるのか・・・・。
観たいけど、ひとりでは観られないかもしれない・・・・。




今日の言葉*

音楽の喜びというものは究極においては
悲しみに連なるものであるように思える。
その悲しみとは存在の悲しみというものであり、
音楽することの純一な幸福感に浸る時、それはさらに深い。

武満徹 影絵の鏡
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by sachiolin | 2013-09-17 00:07 | 聴● | Trackback | Comments(0)

時◎ 武満徹

十一月も半ばを越すと、いまこれを書いている信州の仕事場では終日ストーヴを焚きつづけているのに、それでも朝夕の冷気はかなり厳しいものに感じられる。空はどこまでも蒼く、唐松の葉が雨のように降りしきっている。昔、感心して読んだ、オーストラリアの少女の、俳句のよつな、短詩を憶い出す。
時間は生命の木の葉、 そして、私はその園丁だ。 時間は、緩っくりと、落ちていく。
下手な訳だが、大意はおよそこんなものだった。十一歳の少女が書いたとは思えない、なにか哲学のようなものが感じられる。この少女は、オーストラリアでも、都会ではない、自然の変化に恵まれた、たぶん、地の涯(はて)が見通せるような環境に住んでいるのではないだろうか。 落葉の様子(さま)を観察しても、この少女と私では、当然、その感慨は異なる。五十を過ぎ、はや六十に掌の届こうという人間にとって、落葉降りしきる光景は、充実した生を予感させもするが、同時に、避けようもない死が、次第に、その貌を現わしているようにも感じられる。 近頃になって、友人や知己の訃報に接することが多くなった。私には、あと、どれほどの時間が残されているだろう?いまや限られた時間のなかで、私がしなければならない仕事は、どんなものだろう? たぶん、正直に、希むところを生きれば、解答(こたえ)は、私が見出すまでもなく、彼方(むこう)からやってくるだろう。私は、死の優しさを、信じている。 私もまた時間(とき)の園丁だ。
無限の時間に連らなるような、音楽の庭をひとつだけ造りたい。自然には充分の敬意をはらって、しかも、謎と暗喩に充ちた、時間の庭園を築く。だがこれは、あるいは、不遜な野望かもしれない。それにまた、それが可能だという保証もない。一枚一枚の生命の木の葉を掻き集めて、火を点す。それは祈りのようなものだ。内面に燃焼する焰が、この宇宙の偉大な仕組みを、瞬時でも、映しだしてくれたらいい。だがそれには、私はこれまでしてきた努力では、未だ到底不足だろう。落葉の安らぎを覚えながら、反面、抑えようもない苛立ちが私をとらえる。
庭の片隅の小さな菜園に、蕪が、まるい白い肌をころころと無心に晒している。間もなく霜が降り、水道の水も凍る。時が経って、鳥たちが再た戻ってくる頃までには、いまの仕事を了えなければならない。 時間は、緩っくりと、落ちていく。


武満徹 「遠い呼び声の彼方へ」
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by sachiolin | 2013-07-02 01:22 | 時◎ | Trackback | Comments(0)

引用:: 武満徹 

私たち日本人は、戦争や実験によって、「核」の災害を体験したにもかかわらず、文学者による声明も、また、他の「反核」アピール等の行動も、ヨーロッパや他の諸国の人びとに遅れて起こされた。だが、遅れたからといって、また、それが模倣であっても、この「核」廃絶と、自然環境保護という人間存在の本質と関わる問題については、私たちは、強い意志を持ち続けるべきだ思う。

:::::

「核」の恐ろしさのひとつは、その恐怖を、具体的な痛覚として私たちの内に培養できない点にあるように思う。ボタン一箇の作動で人類は絶滅する、と口では言っても、それは絵空事のように実感を伴わずに語られがちだ。 かつては、科学技術は、芸術文化と協調して歩を進めてきた。だが、兵器開発等によって、科学技術は次第にその展開の速度を上げ、その極点に、人間は「核」を手にした。もはや芸術文化が、昔のように、その行き過ぎに歯止めをかけることができないほど遠く離れたところへ、科学技術は歩んでしまった。 かつては、科学技術は、芸術文化と協調して歩を進めてきた。だが、兵器開発等によって、科学技術は次第にその展開の速度を上げ、その極点に、人間は「核」を手にした。もはや芸術文化が、昔のように、その行き過ぎに歯止めをかけることができないほど遠く離れたところへ、科学技術は歩んでしまった。

:::::

人間は二つの石をこすって火を作りだしました。それから、これまた火を生みだす原子力を発明しました。私の音楽家としての役目は、石の摩擦が爆弾よりもはるかに創意に富んでいることを分からせることなのです。


武満徹
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by sachiolin | 2012-08-09 03:08 | 引用:: | Trackback | Comments(0)

空 ( ) 武満徹

「翼」

風よ 雲よ 光よ
夢を運ぶ 翼
遙かなる空に描く 希望という字を

人は夢み旅して いつか空を飛ぶ

風よ 雲よ 光よ
夢を運ぶ 翼
遙かなる空に描く 自由という字を
自由という字を


(武満徹)







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by sachiolin | 2010-11-07 01:46 | 空 ( ) | Trackback | Comments(0)