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わたしの心の風景メモ。 


by sachiolin
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夏の終わり

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急に涼しくなって、夏の終わりを感じる。
8月は、のんびりと過ごした。何をするでもなく、
料理したり、本を読んだり、映画を見たり。
掃除をしたり、ぼーっとしたり。

ただひたすら、日常のことを、丁寧にした。

こういう時間、すごく必要だったんだなぁと
感じた。何だか随分と長いこと、こういうことを
きちんとしていなかった。


そのなかで、いろいろなことが整理され
充電された。よい休みだった。


今日の言葉*
「俺の世界は 俺の周囲を廻る
俺は此処にいる 動かない」

野口晴哉
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by sachiolin | 2013-08-28 22:18 | 撮❏

夢/// 夢のような夢

昨日みた、やさしい夢を思い出す。
やさしさに包まれて、夢のなかで、
寝ていた。夢のような夢だった。
できれば目覚めたくなかった。

夢と現実を行き来する。

「実は、この現実が誰かの大きな夢
かもしれないよね。そう考えると
ちょっとぞわっとするよね。」と
話していた友人のことを思い出す。

夢のなかの感覚は、時折現実よりも
ずっとリアルだったりする。
そして、その感覚には、永続性がある。

夢と現実がハチミツのように蕩けている
風立ちぬ、もう一度観たいな。




今日の言葉*
Carpe diem quam minimum
credula postero

明日のことはできるだけ信用せず、
その日の花を摘め
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by sachiolin | 2013-08-23 23:51 | 夢 ///
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目を閉じ耳を澄まし、
静かに海の底に沈む。
黒い沈黙を抜けると、
白い沈黙に包まれる。

静寂。


今日の言葉*
神の訪れは、夜更けた暗黒のときに、ひそかな「音ずれ」として示されるのである。そのようにひそかに暗示されるものを音という。闇黒とはただ光のない世界というだけでなく「神の音なふ」世界である。

白川静
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by sachiolin | 2013-08-22 23:33

風 ∬ 野口晴哉

太古の始めから
風は吹いていた
つづいて今日に至る迄
風は吹いている
今日の風も 太古から
吹いていた風だ

野口晴哉
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by sachiolin | 2013-08-20 15:17 | 風 ∬

交易

必要なことには、きちんとお金を使おう。お金で、何かを一方通行に消費しないようにしよう。きちんと受けとり、交易を楽しみ、巡らせる。物にも命がある。物は生きている。行為にも命がある。行為は生きている。


今日の言葉*
「人は、誰しも自分の人生しか生きられないし、それは一生変わらない。自分が『主』であるからには、自分以外の誰かから『されたこと』ではなく、自分自身が『したこと』が、年輪となって刻まれていくと思うのね」

友人
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by sachiolin | 2013-08-20 12:24 | 考〇

思◯紙縒り紐

戦争のかなしみを、私たちは、どうやって伝えていけばよいのだろう。受けとることは、どれだけ大切なのだろう。死んだ人の方が、生きている人より、ずっとずっと多い。はかり知れない圧倒的な死の丘の上で、私たちは僅かばかり犇きあって生きている。そのことを、すぐに忘れてしまう。私たちは、どかどかと踏み進み、丘は荒れている。大地は静かにかなしんでいる。瞑目し、耳を澄まさねばなるまい。そして、言葉を受けとり、語らなければならないのだろう。いろいろなかたちで、いろいろな言葉で、それぞれが語らなければならないのだろう。失われた時。奪われた夢。見られなかった風景。受けとられなかった言葉。そういうもののなかで、生きている。混沌とした世界のスープのなかに、一本の紙縒りが浸っている。今にも切れそうなそのその紙縒り紐を、私たちは丁寧に手繰り寄せねばなるまい。


今日の言葉*

@e_wakamatsu: エジプト内乱の状況を見て、こんなときに日本で言葉を発して何になる、と考えるかもしれない。しかし、真に問題の糸口をなるのは常にコトバなのである。単なる言語を超えたコトバだけが、それを成し得る。そのことを信じられないなら、祈りのコトバもないことになる。

若松英輔さん
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by sachiolin | 2013-08-17 08:03 | 思〇

思◯受けとること

生きていることの抗いがたさに、時折、胸の奥がツーンとする。ワサビを食べてしまったときのような。生きていると、思いがけず、いろんなワサビを食べてる。ツーン。。

「お互いに与えることばかりで、
お互いに受けとっていない。こわいから。」

受けとらないことは、人の与えることを
奪っているのかもしれない。


今までは受けとることが苦手だった。
これからは受けとることに素直になろう。

ありがとうといって、素直に受けとる。
シンプルだけど、それから始めよう。


少しずつ少しずつ、大きな山が動き出している。


今日の言葉*
思いもよらない今を生きているんですよ。
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by sachiolin | 2013-08-17 07:26 | 思〇

夢/// 坂道

過去の記憶が入り混じった夢をみた。
あの時とあの時とあの時…
登場人物も、場所も、入り混じりながら
ひとつのストーリーになっていた。
そこには現在のわたしと過去のわたしも
入り混ざっていた。そして今思い返すと、
誰かの記憶や思念も濃厚に入っていた。

おぞましい事件の直前。
夢のなかの私は、その後起きることを
しっかりと把握しながら、しかし、
周りの状況は、過去の出来事そのままには
動いていないようだった。
それが起きると分かっているその時と、
それが起きないで欲しいと願っているその時と、
それを起こさないで新しい未来を
作れるかもしれないその時の狭間で
身が引き裂かれるようになった。
時の線路の分岐点でジリジリと決断を迫られた。
坂道を登りきったところで、ハッと目が覚めた。


夢と現実が蜂蜜みたいにとけあって、
一瞬、自分がどこにいるのか分からなかった。


あの有名な事件の犯人がすぐそこにいた。
そのことがとても恐ろしかった。
それと同時に、夢のなかの私は、
その事件が起きないで済むように
何とかしようと苦しんでいた。
それはもう人々が忘れかけている過去だし、
その時の私は、衝撃を受けたけれど、
そこまで自分事には捉えていなかったから余計に、
なぜ今更、それが夢に出てきたのか、
不意を突かれる思いがした。

その事件の詳細が書かれた本を、
夢のなかの私は事細かに読んでいた。
(その内容も今思い返すと、
複数の事件が入り混じっている)
その本の記憶を追いながら、坂道を登った。
殆どが同じ内容だが、ほんの少しずつ違っていた。
確かなことは、周りの人が、これから
起きることを知らないということだった。

何かできるのでは?あの人を助けられるのでは?
と焦りながらも、結局何もできずに
坂道を登りきった。

その後の光景が、静止画で何度か目に浮かんだ。

時の川の底で何とか根を張っていた水草のような私は、
抵抗したが、無力にも根こそぎ洗い流された。


明らかに誰かの記憶とわたしの記憶が入り混じっていた。
感情も、私だけのものではなかった。
よく夢を見るけれど、そんな風に
ハッキリと感じたのは初めてだった。


夢は不思議だ。
誰でも眠る。人は眠らないと生きていけない。
そして多かれ少なかれ、みな、夢を見る。

夢を見ているとき、誰もが、無防備に
時の大河に流されている。

山の小川が、大きな河に通じ、
いつか海に流れつくように、
それぞれの川は、集合的無意識の海に
つながっている。


誰かの深いかなしみや怒りが、
私のなかに入ってきた。
いや、入ってきたというよりは、
その大河のなかでは、みな、私という器はそのまま、
それを大きく包むように膜のように
大きなわたしとしてつながっていた。


N先生の話を思い出す。
「こんな実験がある。
ある小さな迷路の箱をつくり、
全く同じものを世界各地に設置した。
どこだったかは忘れたけれど、
パリ、ニューヨーク、上海、マドリッド…と
まあそんな感じだ。そこにネズミを入れて、
世界各地で同時に一斉にスタートさせた。
そこで、何が起きたと思う???
しばらく迷路のなかで迷っていたネズミたちだけれど、
ニューヨークのネズミが迷路を解いた瞬間、
その数秒後に世界各地のネズミが
同じくゴールしたんだ。
信じられないよね?信じられないのだけれど、
それは現に結果としてハッキリと出ているんだ。

自分がかなしいと感じるとき、
他の誰かも同じくかなしんでいる。
それがどこの誰かは分からない。
でも、そういう分身のような誰かが、
必ずいるんだよ。この世界に二人は必ずいる。
生きている間に会えるかもしれないし、
会えないかもしれない。いや、会える人の
方が稀だろうね。でも、会えるか会えないか
ではなく、誰かのかなしみをかなしんでいる、
知らずに誰かのかなしみを受けとって
感じているんだよ。
生きているというのは、そういうことなんだ。

雲は、不思議な形をしているよね。
どれも違う形をしている。
雲は風に流され形を変え、そしていつか消える。
でも、さっきの実験をしたイギリス人はね、
『あの雲があの形をしているのは、
かつてああいう形をしていたからなんだ』と
話したらしい。面白いこと言うね。」



私は、この一連の話がとても好きで、
空を見上げながら、たまに思い出す。

私がかなしんでいるとき、
確かに世界のどこかで誰かも
かなしんでいるのかもしれないし、
誰かのかなしみをかなしんでいるのかもしれない。

それは、豊かさでもあり、同時に
危うさも孕んでいる。

大切なのは、きっと、その中心に、核となる
今の自分がきちんといることだ。
その周りには膜があり、他の細胞が
隣同士にくっついて、この世界という
大きな身体をつくっている。
その大きな営みを俯瞰しながら、
膜に飲み込まれないように、
その内の内では、しっかりと
今の自分を生きることだ。


不思議な夢だった。


今日の言葉*

呻きを秘めない言葉、絶句を内包しないような言葉が、これほどまでに流布するようになったは現代の悲惨である。うまい文章など勉強しなくてよい。ただ、呻きを生の現場によみがえらせなくてはならない。流暢に語ることよりも、言葉にならない経験の貴さを思い出さなくてはならない。

若松英輔
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by sachiolin | 2013-08-17 06:04 | 夢 ///

無題

其処彼処に奇跡が浮かぶ
時の粒がパチンと弾ける
砂の庭のような流れる形
ゆらめきさざめき零るる
ヒリヒリと焼印が火照り
石はかなしみを飲み込む
大きな月のボートに乗る
夜の河はとっぷり微笑み
星は彩りを失い黙り込む
線香花火の音が聞こえて
また誰かが死んだという
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by sachiolin | 2013-08-12 19:09 | 綴 ~~

引用:: 長崎市長

今一度、ひとりひとりがしっかりと考えるべき時。



:::::::::::

68年前の今日、このまちの上空にアメリカの爆撃機が一発の原子爆弾を投下しました。熱線、爆風、放射線の威力は凄まじく、直後から起こった火災は一昼夜続きました。人々が暮らしていた街は一瞬で廃墟となり、24万人の市民のうち15万人が傷つき、そのうち74,000人の方々が命を奪われました。生き残った被爆者は68年たった今もなお、放射線による白血病やがん発病への不安、そして深い心の傷を抱え続けています。
このむごい兵器を作ったのは人間です。広島と長崎で二度までも使ったのも人間です。核実験を繰り返し、地球を汚染し続けているのも人間です。
人間はこれまで数々の過ちを犯してきました。だからこそ忘れてはならない過去の誓いを、立ち返るべき原点を、折りにふれ確かめなければなりません。日本政府に被爆国としての原点に帰ることを求めます。
今年4月、ジュネーブで開催された核不拡散条約(NPT)再検討会議準備委員会で提出された核兵器の非人道性を訴える共同声明に80カ国が賛同しました。南アフリカなどの提案国は、わが国にも賛同の署名を求めました。しかし日本政府は署名せず、世界の期待を裏切りました。人類はいかなる状況においても核兵器を使うべきではない、という文言が受け入れられないとすれば核兵器の使用を状況によっては認めるという姿勢を日本政府は示したことになります。これは二度と、世界の誰にも被爆の経験をさせないという、被爆国としての原点に反します。
インドとの原子力協定交渉の再開についても同じです。NPTに加盟せず核保有したインドへの原子力協力は、核兵器保有国をこれ以上増やさないためのルールを定めたNPTを形骸化することになります。NPTを脱退して核保有を目指す北朝鮮などの動きを正当化する口実を与え、朝鮮半島の非核化の妨げにもなります。日本政府には被爆国としての原点に帰ることを求めます。
非核三原則の法制化への取り組み、北東アジア非核兵器地帯検討の呼びかけなど、被爆国としてのリーダーシップを具体的な行動に移すことを求めます。
核兵器保有国にはNPTの中で核軍縮への誠実な努力義務が課されています。これは世界に対する約束です。
2009年4月、アメリカのオバマ大統領はプラハで「核兵器のない世界」を目指す決意を示しました。今年6月にはベルリンで「核兵器が存在する限り私たちは真に安全ではない」と述べ、さらなる核軍縮に取り組むことを明らかにしました。被爆地はオバマ大統領の姿勢を支持します。
しかし、世界には今も17,000発以上の核弾頭が存在し、その90%以上がアメリカとロシアのものです。オバマ大統領、プーチン大統領、もっと早く、もっと大胆に核弾頭の削減に取り組んでください。「核兵器のない世界」を遠い夢とするのではなく、人間が早急に解決すべき課題として、核兵器の廃絶に取り組み、世界との約束を果たすべきです。
核兵器のない世界の実現を国のリーダーだけに任せるのではなく、市民社会を構成する私たち一人ひとりにもできることがあります。「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないやうにする」という日本国憲法前文には平和を希求するという日本国民の固い決意が込められています。かつて戦争が多くの人の命を奪い、心と体を深く傷つけた事実を戦争がもたらした数々のむごい光景を決して忘れない、決して繰り返さないという平和希求の原点を忘れないためには戦争体験、被爆体験を語り継ぐことが不可欠です。
若い世代の皆さん、被爆者の声を聞いたことがありますか。「ノーモア・ヒロシマ ノーモア・ナガサキ ノーモア・ウォー ノーモア・ヒバクシャ」と叫ぶ声をあなた方は被爆者の声を直接聞くことができる最後の世代です。68年前、原子雲の下で何があったのか。なぜ被爆者は未来のために身を削りながら核兵器廃絶を訴え続けるのか。被爆者の声に耳を傾けてみてください。そしてあなたが住む世界、あなたの子どもたちが生きる未来に核兵器が存在していいのか、考えてみてください。互いに話し合ってみてください。あなたたちこそが未来なのです。
地域の市民としてできることもあります。わが国では自治体の90%近くが非核宣言をしています。非核宣言は、核兵器の犠牲者になることを拒み、平和の求める市民の決意を示すものです。宣言をした自治体でつくる日本非核宣言自治体協議会は今月、設立30周年を迎えました。皆さんが宣言を行動に移そうとするときは協議会も、被爆地も、仲間として力をお貸しします。
長崎では今年11月、「第5回核兵器廃絶―地球市民集会ナガサキ」を開催します。市民の力で核兵器廃絶を被爆地から世界へ発信します。
東京電力福島第一原子力発電所の事故は未だ収束せず、放射能の被害は拡大しています。多くの方々が平穏な日々を突然奪われたうえ、将来の見通しが立たない暮らしを強いられています。長崎は福島の一日も早い復興を願い応援していきます。
先月、核兵器廃絶を訴え、被爆者援護の充実に力を尽くしてきた山口仙二さんが亡くなられました。被爆者はいよいよ少なくなり、平均年齢は78歳を超えました。高齢化する被爆者の援護の充実をあらためて求めます。
原子爆弾により亡くなられた方々に心から哀悼の意を捧げ、広島市と協力して核兵器のない世界の実現に努力し続けることをここに宣言します。


2013.8.9
田上富久長崎市長
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by sachiolin | 2013-08-09 23:52 | 引用::