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わたしの心の風景メモ。 


by sachiolin
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<   2012年 05月 ( 5 )   > この月の画像一覧

道≡ ヘラクレイトス

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あらゆるものは火から形づくられており、そしてまた火に還元される。あらゆるものは運命にしたがって生成し、また存在するものは相反する方向への変化にしたがって調和している。そしてあらゆるものは対立によって生じ、そして全体は川のように流転する 。万物は流転する。魂の限界は、それに行き着こうとしてたとえあらゆる道を踏破しても見出せないであろう。それほど深い理(ロゴス)をそれはもっている。 上り道と下り道は同じひとつのものである。同じ川に二度と入ることはできない。わたしは自分自身を探求した。人間にとっては、欲することすべてがかなうのは、さほどよいことではない。

(ヘラクレイトス)
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by sachiolin | 2012-05-24 01:53


Wunderlichの歌声には翼がはえている。
5月になるとこの歌を思い出します。
そして、5月にちなんだ名前を持つ友人のことも。
ドイツで元気にしているかな、まいこ。

ドイツは、5月が、一番美しい季節。
春というのが、あんなにも待ち遠しくて、
あんなにも嬉しくて、命の息吹がキラキラしてるとは。
暮らしてみて、一年のサイクルを経て、初めて
分かったことでした。ドイツは、やっぱり第二の故郷。

帰国してから、もうすぐ2年になる。
いつか、絶対にまた訪れたい土地。
いつか、絶対にまた会いたい人たち。

みんな元気かな。



今日の言葉*

心を無にして「空があるなぁ」。それは「いま」に在ること。
頭を働かせて「あれは空というものだ」。それは過去に在ること。
「空だ!青い!嬉しい!」それは未来に開かれること。

森田真生さん
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by sachiolin | 2012-05-21 03:48 | 聴●

聴● Mondnacht



なんて美しい詩、美しい曲、美しい歌声でしょうか。
ディースカウさんが、亡くなられたそうだ。
ドイツにいたとき、苦しかったとき、嬉しかったとき
かなしかったとき、何度も何度も録音を聞いていました。

ありがとうございました。
天国でどうぞ安らかに。



Es war, als hätt' der Himmel
Die Erde still geküßt,
Daß sie im Blütenschimmer
Von ihm nun träumen müßt'.

Die Luft ging durch die Felder,
Die Ähren wogten sacht,
Es rauschten leis die Wälder,
So sternklar war die Nacht.

Und meine Seele spannte
Weit ihre Flügel aus,
Flog durch die stillen Lande,
Als flöge sie nach Haus.

それは夜空が大地にそっと
口づけしたかのようだった
花々に彩られる大地が
自分を想ってくれるようにと

そよ風が野原を渡り
麦の穂がかすかに揺れ
森はひそやかにざわめいていた
それは星のきらめく夜だった

そして僕の魂は
広々とその翼を広げ
静かな大地の上を羽ばたいていった
わが家へ帰っていくように


曲:Robert Schumann
詩:Joseph von Eichendorff "Mondnacht(月の夜)"
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by sachiolin | 2012-05-21 03:21 | 聴●

|旅|memo|

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ゴールデンウイークに、山登りに出かけた。ゴールデンウイークだなんて、ドイツにいる時は、全く忘れていたけれど、日本では、あれほどの連休は貴重なのだなあと改めて感じる。その締め括りに相応しい、ゴールデンな思い出一杯の山登りだった。話がちっとも尽きなかった。ことばの波が波をよんできて大波になったり、みんなで、シーンと凪になったり。沈黙を共有することもとても大切で。人間というのは、発光体であり、磁場なのだなあと、改めて感じた。魂が共振するのを感じた。楽しい旅にしてくれた仲間たちに感謝。山は、恐ろしくもあったが、雄大で美しく、ますます好きになった。山道というのは、一歩一歩が不規則だ。フカフカした土もあれば、ゴツゴツした岩も、あれば、ツルツルした雪もある。同じ岩の道を歩いていても、土の道を歩いていても、形も角度も質感も、一歩一歩微妙に変化していく。自然と足裏が敏感になっていく。山道を歩いていると、普段如何に、都会の平らなコンクリートの道に、体が慣れていたのかと驚く。如何に頭でっかちになっているのだろうかと。足裏から、色んなものをビリビリ感じとりながら、道の変化、そして自分の身体感覚の変化を楽しみながら、歩いていく。それは、とても新鮮で、最高に気持ちがよいのだ。また登りたいなあ。記憶が薄れていくのは惜しいので、いつか思い出せるようにmemoしておこう。そういえば、山登り直前に、携帯のカメラが壊れてしまったなあ。


||旅memo|||


|1|黒磯、那須高原|
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|2|那須湯本|茶臼岳|朝日岳|

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by sachiolin | 2012-05-16 22:56 | 旅|| Japan

やわらかな水面

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最近、ことばを以前のようにうまく扱えない。特に書きことば。以前のように、ことばがスルスルと繋がっていかない。音になる前の音、ことばになる前のことばの、その臨界面を柔らかく触れる練習をしているからかもしれない。ことばにした瞬間の儚さたるや、とんでもないと、今更気付いた。語れば語るほど語れないコトバウナギループ。 絞り出すようにでもなく、溢れるようにでもなく、叫ぶようでもなく、選ぶのでもなく、思わず出てくることば。あちらとこちらのどちらにも跨っているような、ことば。揺らぎ。水滴でも、水路でもなく、水面そのもの。 ことばの水面を探るということは、心の凪を探ることだ。心の水たまりの深い静けさを。山々を深く映し出す湖面は、現実と幻想の淡いそのものだ。美しさは、決定的な裏返しを秘めている。ほんとうの凪が訪れれば、ほんとうの揺らぎが訪れ、ほんとうの嵐がやってくる。ほんとうの音を動かすためには、ほんとうの静けさに、耳を澄まさねばならない。

どこにも向かっていない音はない。


水面を静かにさわると、あることとないことの間が、指先で感じとれるようになってくる。そういう、やわらかな触覚のような聴覚を探っている。それは、集中ではなく集注なのだろう。閉じるのではなく開くこと。削るのではなく、なめらかにすること。


ここにこうして色々なことを書くのも、やめようかなと、最近考えている。ただ、なんとなくだけれど。なんとなく始めたものが、こんなに続くと思わなかった。 最近の自分のなかの、ことばに対する感覚は、今までにないもので、少し戸惑っている。何かが大きく変わろうとしている気がする。今まで、水滴を絞ったり、水路を作ったりしていたけれど、静かに水面があらわれ始めたのかもしれない。
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by sachiolin | 2012-05-02 02:24