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わたしの心の風景メモ。 


by sachiolin
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この曲とこの演奏が、最高にすき。












すごく開いている。
すごく開かれる。

これが、エロスなんだろう。

音を聴くことは開くこと。
音を奏でることも開くこと。



風が吹きすさぶモンゴルのような
大草原にひとりで立っているようにも、

どこまでも広がる大海を前に
砂浜で好きな人と踊っているようにも、

真夜中の森に囲まれた静かな湖で
大きな黄色い月がじりじりと上がっていくようにも、


思えてくる。
見えてくる。
匂ってくる。

感じる。


聞こえる。



音を聴くことは開くこと。
音を奏でることも開くこと。



今日の言葉*

日はうららかに射して、彼らの刈り上げた若々しい項に落ちた。
静かな、何事もない、富み栄えた日曜日であった。
それというのに、清顕は依然、水を充たした革袋のような
この世界の底に小さな穴があいていて、そこから一滴一滴
「時」のしたたり落ちてゆく音を聴くように思った

(三島由紀夫「春の雪」)
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by sachiolin | 2011-10-24 01:08 | 聴●

引用:: 贈与すること

演奏することも、踊ることも、詩をつくることも、
中沢新一さんのおっしゃる贈与することなのだと思う。

生きていること自体も、ほんとうは
贈与することなのかもしれない。


そういう無防備な贈りものに、ふれたとき、
胸が震え、心が包まれ、命が鼓動する。


わたしたちは、気付かぬまま、
たくさんの無防備な贈りものを
きっと受け取っているのだろう。


日常のなかに、贈りものを。




いやしかしそれにしても、
中沢新一さんをひさしぶりに読んでみると、
かなり面白い。大興奮である。いつの間にか巻き込まれる。
話の飛躍がすごくて縦横無尽でワクワクする。
どこまで広がるんだっていう、自由さと広さ。
星座が広がっているのを見ているみたいだ。

次は、「森の思想」が読みたい。
南方熊楠は興味深いぞー。


:::::::::::::::::::::::::::::::::::::

 魂は商品として、売り買いすることができません。情報として、蓄積したり、伝達したりすることもできません。魂は贈与されるものです。自然から人へ、人から人へ、魂は見返りを求めることなく、贈り与えられ、それを受け取った人は、自分が受け取ったものにもまさるすばらしい贈り物を、他の人々に贈り与えようとするのです。
 人はいったい何の力にうながされて、このような贈与をおこなうのでしょうか。自分や自分に親しい者たちだけが、幸福になったり、利益を得たりすることを望んでいるあいだは、人は贈与者になることができません。そういう人は、贈与ではなく、商売をするのです。商売は人と人との間に、距離をつくりだす力を持っています。人の所持品が、もはや魂にかかわる物ではなく、その人から切り離すこともできるようになったとき、はじめてそのものは、商品となることができます。おたがいに分離された人と人の間を、魂の問題などには無関心な商品が受け渡されていきます。おたがいに分離された人と人の間を、魂の問題などには無関心な商品が、受け渡されていきます。そこで働いているのは、人と物、人と人とを分離する「ロゴス」の力です。商品の売り買いによって、人と人が結びつけられることは、ありません。そこで実現される幸福は、エゴや共同体や民族のつくる、閉じられた世界の外に、広がっていくことがありません。
 ところが贈与は、そのような拡大を実現しようとするのです。贈与は人々を結びつける力によって、働きをおこないます。つまり、それは「エロス」の力によって働くのです。何の見返りを求めることもなくおこなわれる贈与は、相手の気持ちに、お返しをしなくては、という負担をつくりだすことがありません。贈り与えられるものは、魂と魂とのあいだに、エロティックなひとつの通路をつくりだします。そのとき、贈られる物といっしょになって、それを贈る人の魂が、贈られた人の魂のなかに、侵入をはたすからです。ここには、偽善はありません。「エロス」には、小さな自愛の鎧を、打ち砕く力があって、純粋な贈与への欲望にうながされてあるとき、人は他者に対する免疫抗体のメカニズムを、解除しています。そして、そのような無防備な状態にある魂が、贈与物をつうじて、自分とエロティックな結合をつくりだそうとしているのを知るとき、それを受け取る人の魂も、ほがらかな喜びを体験することになるのです。
 これが、贈与です。そして、宮沢賢治という人は、そのような贈与者、しかも稀に見る純粋さで、このような贈与の精神を生きた人であったのだろう、と私は考えるのです。

(中沢新一「哲学の東北」)
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by sachiolin | 2011-10-14 02:33 | 引用::
 魂は商品として、売り買いすることができません。情報として、蓄積したり、伝達したりすることもできません。魂は贈与されるものです。自然から人へ、人から人へ、魂は見返りを求めることなく、贈り与えられ、それを受け取った人は、自分が受け取ったものにもまさるすばらしい贈り物を、他の人々に贈り与えようとするのです。
 人はいったい何の力にうながされて、このような贈与をおこなうのでしょうか。自分や自分に親しい者たちだけが、幸福になったり、利益を得たりすることを望んでいるあいだは、人は贈与者になることができません。そういう人は、贈与ではなく、商売をするのです。商売は人と人との間に、距離をつくりだす力を持っています。人の所持品が、もはや魂にかかわる物ではなく、その人から切り離すこともできるようになったとき、はじめてそのものは、商品となることができます。おたがいに分離された人と人の間を、魂の問題などには無関心な商品が受け渡されていきます。おたがいに分離された人と人の間を、魂の問題などには無関心な商品が、受け渡されていきます。そこで働いているのは、人と物、人と人とを分離する「ロゴス」の力です。商品の売り会によって、人と人が結びつけられることは、ありません。そこで実現される幸福は、エゴや共同体や民族のつくる、閉じられた世界の外に、広がっていくことがありません。
 ところが贈与は、そのような拡大を実現しようとするのです。贈与は人々を結びつける力によって、働きをおこないます。つまり、それは「エロス」の力によって働くのです。何の見返りを求めることもなくおこなわれる贈与は、相手の気持ちに、お返しをしなくては、という負担をつくりだすことがありません。贈り与えられるものは、魂と魂とのあいだに、エロティックなひとつの通路をつくりだします。そのとき、贈られる物といっしょになって、それを贈る人の魂が、贈られた人の魂のなかに、侵入をはたすからです。ここには、偽善はありません。「エロス」には、小さな自愛の鎧を、打ち砕く力があって、純粋な贈与への欲望にうながされてあるとき、人は他者に対する免疫抗体のメカニズムを、解除しています。そして、そのような無防備な状態にある魂が、贈与物をつうじて、自分とエロティックな結合をつくりだそうとしているのを知るとき、それを受け取る人の魂も、ほがらかな喜びを体験することになるのです。
 これが、贈与です。そして、宮沢賢治という人は、そのような贈与者、しかも稀に見る純粋さで、このような贈与の精神を生きた人であったのだろう、と私は考えるのです。

(中略)

この世に人として生きていて、いかも純粋な贈与者でもあるような生き方が可能であるためには、その人は、自分のエゴへの執着を、のりこえることができなければなりません。そういう人は、自分だけが幸福になっても、少しも幸福な気持ちになれません。万人が、いやありとあらゆる有情(意識の働きのあるもの)が、幸福にならないかぎりは、自分も幸福にはなれない、これこそが「贈与の霊」の人類にあたえた、偉大なる教えです。
 しかし、決意して贈与者になろうとしたものは、現生では、けっして幸福になれません。厳正では、贈与はつねに誤解されて、裏切られていく運命に、さらされているからです。


(中沢新一「哲学の東北」)
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by sachiolin | 2011-10-09 20:19 | 引用::
内田樹さんのブログより。

すごく参考になるなぁ。
読みたい本が盛りだくさん。。


◆日本および日本人論」として読むべき本(35)

『福翁自伝』(福沢諭吉)
『明治十年 丁丑公論・痩我慢の説』(福沢諭吉)
『氷川清話』(勝海舟)
『柳北奇文』(成島柳北)
『勝海舟』(子母沢寛)
『竜馬がゆく』(司馬遼太郎)
『坂の上の雲』(司馬遼太郎)
『ある明治人の記録-会津人柴五郎の遺書』(石光真人)
『澁江抽斎』(森鴎外)
『断腸亭日乗』(永井荷風)
『「坊っちゃん」の時代』(関川夏央・谷口ジロー)
『日本の思想』(丸山眞男)
『日本人の法意識』(川島武宜)
『「甘え」の構造』(土居健郎)
『「いき」の構造』(九鬼周造)
『忘れられた日本人』(宮本常一)
『風土』(和辻哲郎)
『文明の生態史観』(梅棹忠夫)
『呪の思想』(白川静・梅原猛)
『思い出袋』(鶴見俊輔)
『戦中派不戦日記』(山田風太郎)
『共同幻想論』(吉本隆明)
『逝きし世の面影』(渡辺京二)
『ヨーロッパ退屈日記』(伊丹十三)
『ものぐさ精神分析』(岸田秀)
『父・こんなこと』(幸田文)
『細雪』(谷崎潤一郎)
『陰翳礼賛』(谷崎潤一郎)
『堕落論』(坂口安吾)
『愛と幻想のファシズム』(村上龍)
『あ・じゃぱん!』(矢作俊彦)
『神の子どもたちはみな踊る』(村上春樹)
『さようなら、ギャングたち』(高橋源一郎)
『橋』(橋本治)

◆現代日本とはずいぶん離れたところに
いる人たちに共感するためのレッスン本(15)
(ちょっとフランスに偏っているのは私の趣味です)

『火を熾す』(ジャック・ロンドン)
『あしながおじさん』(ウェブスター)
『アンナ・カレーニナ』(トルストイ)
『桜の園』(チェホフ)
『悪霊』(ドストエフスキー)
『飛ぶ教室』(ケストナー)
『魔の山』(マン)
『異邦人』(カミュ)
『夜の果てへの旅』(セリーヌ)
『陽はまた昇る』(ヘミングウェイ)
『ザ・ロング・グッドバイ』(チャンドラー)
『エピクロスの園』(フランス)
『パルムの僧院』(スタンダール)
『感情教育』(フローベール)
『自由への道』(サルトル)
『阿Q正伝』(魯迅)
『山月記・李陵』(中島敦)


◆知性にキックを入れるために読む本(10)

『ルイ・ボナパルトのブリュメール十八日』(マルクス)
『悲しき熱帯』(レヴィ=ストロース)
『精神分析の四基本概念』(ラカン)
『開かれた社会とその敵』(ポパー)
『精神分析入門』(フロイト)
『善悪の彼岸』(ニーチェ)
『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(ウェーバー)
『孔子伝』(白川静)
『唯脳論』(養老孟司)
『アースダイバー』(中沢新一)


◆大学生が読んでおくといい本

カール・マルクス『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』(平凡社ライブラリー)
クロード・レヴィ=ストロース『悲しき熱帯』(中公クラシックス)
鶴見俊輔『思い出袋』(岩波新書)
白川静『孔子伝』(中公文庫)
村上春樹『走ることについて語るときに僕の語ること』(文藝春秋)
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by sachiolin | 2011-10-09 19:30 | 引用::
1)ヴェルクマイスターの改革からさらに合理化が進み、十二平均律が確立します。そして19世紀以降、ピアノの大量生産がはじまると、この平均律が圧倒的な影響力をもつようになります

2)日本人の心の奥底、記憶の根底には、ペンタトニック(五音音階)な音楽が流れているのを感じます。わらべ歌や地方の民謡のなかに残っているものが、私たちのなかにもいまだに鳴り響いています。けれども、明治以降の音楽教育では最初から平均律をもとに音楽の体験がつくられてきました。

3)音楽の世界でおこなわれた画一化が、今日、グローバリゼーションと呼ばれるものにも通じています。私たちの世界は、いま、どこか停滞しているように感じられますが、これを次の変化へのきざしと見ることはできないでしょうか。

4)近代の150年ほどのプログラムがほぼ可能性を出し尽くしてしまったように見える今日、私たちは、人間のなかにまだ発現していない部分をかかえた可能性の収蔵庫を点検してみることが必要なのではないでしょうか。

5)西欧の合理的な音楽の発端をつくったピタゴラスは鍛冶屋からアイデアを得たという話をしましたが、これは製鉄技術の重要性を暗示するエピソードです。製鉄がおこなわれるようになって人間は国家をつくり王が誕生しました。そのときから人間の文化のあらゆるものが組織替えを起こしました。

6)鍛冶師はシャーマンであり、最初の音楽師であったと、世界中の神話で語られています。地下世界から砂鉄や鉄鉱石を取りだして精錬をおこなう製鉄の技術と、複雑微妙な音のかたまりから振動数が整った音の組織をつくりあげる音楽の技術は深いところでつながっています。

7)こうした技術を積みかさね、人間は文明をつくりあげてきました。そして、そういう文明自体が、いまひとつの終着点に近づいているのではないでしょうか。鍛冶師が最初につくったものは何だったのか。それは剣と指輪であったと、古いヨーロッパの神話は語ります。

8)剣は王者をつくる武器になります。指輪は王権の象徴です。鍛冶師の炉のなかでは、砂鉄や鉄鉱石が高熱によって溶解し、大地のエネルギーが流動体となっていますが、そこから強力な武器がつくられました。そして人間はその武器をつかって、大規模な戦争をはじめ国家をつくりだしたのでした。

9)このときからあの鼻笛や虹の蛇が立てていたような微妙な音楽は、多くの人の耳にはほとんど聴こえなくなってしまったのです。21世紀は、この剣と指輪をもとあった場所に戻す時代なのだと思います。剣は人間の技術力の象徴でもありますが、それはついに核兵器にまで至ってしまいました。

10)私たちはこの剣をどこかへ戻さなければなりません。指輪もどこかへ戻す必要があります。これはトールキンの『指輪物語』の主題です。20世紀最高のファンタジー文学には、争いのもととなる指輪が出現します。この指輪がホビットのもとに転がりこむ。

11)トールキンが描いているホビットの生活や風習を見ていると、この種族はひじょうにやさしく、鼻笛を吹いて自然に呼びかけていたような人々でした。指輪をもとあった場所である火山の火口に戻す役目を果たすべき者として選ばれたのが、こういうホビットでした。

12)彼らは困難な旅をつづけて指輪を火山のなかに投げ入れることに成功します。そして世界に大いなる変化がもたらされたというのが『指輪物語』のあらすじですが、この物語は私たちにとっても、ひじょうに大切なテーマを物語っているように思われます。

13)今日の私たちの世界では、国家どうしが、強大な兵器をもって睨みあい、戦っています。そして武器と同じ金属からつくられる貨幣が私たちの世界を席捲しています。武器と貨幣、剣と指輪を、どこかに返すという壮大なヴィジョンを人類はいまいちど抱かなくてはなりません。

14)こういうことができるのは無欲なホビットだけです。ところで私たち日本人はこの通り小さなからだですし、その資格があると思います(笑)。これほど発達した科学技術を享受しながら、なぜかアメリカ先住民やオーストラリア先住民と同じような感覚を、どこかで持ちつづけています。

15)大金持ちになったりしても、どこかさまにならないし、自分でも落ちつかない性分の持ち主です。日本人に残された唯一の可能性は、ホビットになることではないでしょうか。世界に貢献できる唯一の道は、そこから開けてくるでしょう。

16)革命は英語でrevolutionです。reは「元に戻る」、voluteは「巻き込む」。つまり繰りかえし源泉に戻っていくことがrevolution。前へ前へと進み出ていく線形ではなく、後ろを振りかえり、過去の痕跡を巻きこみながら前にむかっていく非線形の動きをしめすものです。

17)近代においては、過去を否定して前進することばかりが革命のように考えられてきましたが、語源を考えてみれば、つねに源泉に立ち戻りながら、渦を巻くようにして外に進み出ていき、また源泉に戻っていくという循環運動こそが、革命の原動力だということがわかります。

18)いままで世界中の誰も、指輪と剣を火山に戻すことはできませんでした。この剣や指輪を手にした瞬間、自分のものにしたいという誘惑に駆られてしまったからでしょう。しかし、この誘惑を断ち切って、火山のなかに投げ込むことのできる人たちが、21世紀にはあらわれてこなければならない。

19)その意味で、20世紀の後半に現代音楽の先端で起こった実験をたいへん興味深いことに思うのです。それは、鍛冶屋にはじまって十二平均律へと至った体験をどこかにお返しして、私たち人類のなかに、より広大な音の体験を呼び戻そうとする試みの先取りだったと考えられるからです。

20)音楽の領域でおこることが、そののち他の領域でおこることを先取りして、解決へのヒントを与えてくれることがよくあります。おそらくは、純正律音楽というものが、次の時代をひらく何かのヒントを私たちに与えてくれるはずです。

中沢新一「耳のための、小さな革命」(『ミクロコスモスⅡ』)
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by sachiolin | 2011-10-03 02:29 | 引用::