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わたしの心の風景メモ。 


by sachiolin
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夢 /// 谷川俊太郎

「たんぽぽのはなの さくたびに」


こどもは しろいとびらをあける
とても おそろしいことを
こころのなかで かんがえるが
そのことは だれにもいわない
こどもは おちていたまりをひろう
うでのうぶげに きりのしずくが
にぶく ひかっている

いちどだけ たったいちどだけ
それでいいんだと こどもはおもう
だが いちどだけですむものか
たんぽぽのはなの さくたびに
こどもは かわべりでゆめをみる
ほんとうに そのことをしたあとの
とりかえしのつかぬ かなしみを


(谷川俊太郎)
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by sachiolin | 2010-09-27 16:09 | 夢 /// | Trackback | Comments(0)
私が愛してやまない演奏を、ふたつ。


今夜もこの音世界に癒される。音の中でたゆたう。
自分がとけていくのが分かる。耽美な美しい音色。



なんてやさしくて温かいのだろう。そのやわらかくて
心地の良い音の毛布に、くるっと包まれて幸せになる。
こういう音をいつか出せるようになりたい。
私が、おばあちゃんになるまでに。



音楽って素晴らしいなと思う。
音楽を続けてきてよかったなと思う。
苦しさもかなしさも全てひっくるめて、そう思う。
やっと最近、そう心から、自然にそう思える。


どんなときも、どんなひとにも、
音楽はいつもそばにいてくれる。
それが、どれだけ大きいことかしれない。


分からなくなったら、迷ったら、
かなしくなったら、辛くなったら、
グラッペリおじいちゃんを、いつも
心に浮かべてみよう。毛布にくるまれよう。
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by sachiolin | 2010-09-21 02:42 | 聴● | Trackback | Comments(0)
「空をごらんなさい。そして、あのヒツジは、
あの花をたべたのだろうか、たべなかったのだろうか、
と考えてごらんなさい。そうしたら、世のなかのことがみな、
どんなに変わるものか、おわかりになるでしょう・・・」

(サン=テグジュペリ「星の王子さま」)
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by sachiolin | 2010-09-21 02:24 | 空 ( ) | Trackback | Comments(1)

~~ 虫の音。

虫の音が心にしみわたる。
こんなにやさしかったんだね。
あなたたちの声は。

静かに夜の帳が下りていく。
静かに水の滴が落ちていく。
私の一日が終わっていく。


できることなら、ずっとずっと眠りたい。
できることなら、虫になって、
地面で静かに羽根をふるわせたい。

何も考えずに、ただそこで。
月が遠くから見守っている晩に。
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by sachiolin | 2010-09-20 23:14 | 綴 ~~ | Trackback | Comments(0)

夢 /// 西行

「春風の花を散らすと見る夢は
 さめても胸のさわぐなりけり」

(西行)
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by sachiolin | 2010-09-07 19:48 | 夢 /// | Trackback | Comments(0)
「デュシャンは芸術家というよりも、むしろぼくの考える『建築家』に近い感覚があるような気がしたのだ。彼が『四次元』という概念に興味を持っていることも、彼の対談集を読んで知った。『煙草の煙と吐き出した煙が結婚する』や『コールテンのズボンが擦れる音は音楽』といった彼の発言からも、日常の些細な行為の中に立体的なものを見つけ出す『建築家』の着想が感じられてしまうのだ。
 目の前の空間とは異なるもう一つの空間を頭の中で作り出し、それを体感できるほど詳細に、細部まで形を与えていく。まるでSFのような発想であるが、ぼくにまったく新しい空間の捉え方をもたらしてくれた。

 更地に机上で設計したものをつくり上げるよりも、無数の人間によって無意識に無計画につくり上げられた都市の中で独自の空間をつかみとっていくこと。そのプロセスにこそ、ぼくの考える『建築』があるのではないかと思うようになった」


「ぼくらの生活の背後に、普段は気づかない、無意識に何かを生み出している階層(レイヤー)が潜んでいる。そこでは誰かのためにデザインすることよりも、あらゆる人のデザインを知覚できるような解像度の高い始点を持つことが重要だ。なぜなら、都市では、同じ空間にあらゆる種類の人間、建築、道具などが同居しているからである。」



(坂口恭平「ゼロから始める都市型狩猟採集生活」より)
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by sachiolin | 2010-09-06 15:21 | 空 ( ) | Trackback | Comments(0)

道≍ 村上春樹

「理解しあうのはとても大事なことです。
理解とは誤解の総体に過ぎないと言う人もいますし、
ぼくもそれはそれで大変面白い見解だと思うのですが、
残念ながら今のところぼくらには愉快な回り道をしている
ような時間の余裕はありません。最短距離で相互理解に
達することができれば、それがいちばんです。
ですから、いくらでも質問してください。」
「あなたは本物の蛙ですよね?」
「もちろんごらんのとおり本物の蛙です。
暗喩とか引用とか脱構築とかサンプリングとか、
そういうややこしいものではありません。実物の蛙です。
ちょっと鳴いてみましょうか?」

(村上春樹「かえるくん、東京を救う」より)
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by sachiolin | 2010-09-04 21:02 | 道∺ | Trackback | Comments(0)

聴● Prokofiev × Szigeti

思わず何度も聞いてしまう。
聞く度に泣きそうになる。

さざ波のような弦楽器のトレモロに乗って、
ヴァイオリンの美しいソロが始まると、
私の中の、心の深い扉が静かに開かれる。

なんだろう、この感じは。

目を閉じて聞いていると、その開かれた扉から
誰かに手をさしのべられて、そのまま
宇宙の果てにまで持って行かれそうになる。

やさしくて美しくて強くて不思議な力。
金色というよりは銀色。


りズミックな、星の衝突のような
激しい鮮やかなストーリーが一通り終わると、
曲の最後に、はじめのメロディーが、
今度はオーケストラの色々な楽器で演奏される。
微かに聞こえる、ハープのポロンポロンという音に乗って
今度はソロヴァイオリンが、さざ波になる。


深い孤独と漆黒の闇をはるかかなた通り抜けて、
すべてがとけあって、ふわふわと気持ちよく
宙に浮いているような、何とも不思議な感覚になる。

まるで、夢を見ているようだ。

この楽章を聞くと、自分の中で、
何かが死に、そして、何かが生まれる。


昔この曲を勉強したときにちょうど読んでいた、
ゴーゴリの文章が、この曲の持つ美しさと
ひどく似ていて、楽譜に長々と書きつけた。

今、手元にないから、書けないのが残念だ。


昔も、今も、私はこの曲のこのシゲティの
演奏が、大好きなのだ。特別に。





今日の言葉*

「終わりと言うものは無い。始まりと言うものも無い。
人生には無限の情熱があるだけだ。始まりと思うのも自分、
もう終わりだと思うのも自分。」

(フェデリコ・フェリーニ)
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by sachiolin | 2010-09-02 12:22 | 聴● | Trackback | Comments(0)

空 ( ) わたし


空は毎日わたしたちに向かって開いている。空にふたがなくてよかった。この世界が箱でなくてよかった。地球が球体で、宇宙に浮かんでいてよかった。太陽と月と雲と星が、毎日毎日、顔を見せてくれる。空があってよかった。空が開いていてよかった。いつかだれかの空になりたい。
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by sachiolin | 2010-09-02 12:04 | 空 ( ) | Trackback | Comments(0)

再考○仕事について

仕事について、反芻

○○○○○○再考○○○○○○○○○○

仕事というのは、内に熱いマグマを持ちつつも、どこか冷めていないといけない気がする。距離感というかバランスというか。近づいたり離れたり。ミクロとマクロの視点。 緊張感やワクワク感は、開けっぴろげな状態では生れない。凛としているのは、閉じたり開いたりが何層にもなっているから。

     ○○○○○○○○○○○○○○○○
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by sachiolin | 2010-09-02 11:35 | Trackback | Comments(0)