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わたしの心の風景メモ。 


by sachiolin
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<   2010年 06月 ( 8 )   > この月の画像一覧

聴● Bill Evans

今宵はBill Evansのピアノが
特に身に沁みる。心に沁み渡る。
彼のピアノの美しさは独特だ。

ダイヤモンドというよりは、真珠。
太陽というよりは、月。
金色というよりは、銀色。

愛され続けた古びたピアノの音がする。
首を垂れて鍵盤に指を落とすEvansは
まるで夢を見ている人のようだ。
彼は本当に夢をみているのかもしれない。

この3人にブルーチーズの月の上で
弾いてほしい。なんて素敵な人たち。

あぁなんて美しいんだろう。



私もいつか、仲間を見つけて
アンサンブルがしたいと
切実に思う、今日この頃。





カルテット版。これもステキすぎ。いつか弾きたい。








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by sachiolin | 2010-06-11 07:26 | 聴● | Trackback | Comments(0)
高橋源一郎さんの「午前0時からの小説ラジオ」より。

:::::::::::::::::::::::::::::::


「学生たちに教わる、子どもたちに育てられる、自分の作品の読者になる」

1・いま、話題の、マイケル・サンデルの『これから「正義」の話をしよう』を読んでいます。面白いですね、いろいろ。でも、今日は、サンデルの話じゃなく、サンデルが引用しているミルの言葉から。

2…ミルの言葉はこういうものです。「人間の能力は、知覚、判断力、識別感覚、知的活動、さらには道徳的な評価さえも、何かを選ぶことによってのみ発揮される。何事もそれが習慣だからという理由で行なう人は、何も選ばない。最善のものを識別することにも、希求することにも習熟しない…」

3…「…知性や特性は、筋力と同じで、使うことによってしか鍛えられない……世間や身近な人びとに自分の人生の計画を選んだもらう者は、猿のような物真似の能力があれば、それ以上の能力は必要ない。自分の計画をみずから選ぶ者は、あらゆる能力を駆使する」。うん、その通り!

4…ミルの言葉の中心は、「知性や特性は、筋力と同じで、使うことによってしか鍛えられない」というところにあると思います。そして、ミルのこの考えは、ミルが学校教育ではなく、ミルの父親によるある種の天才教育を受けたことによって生まれたのではないか、とぼくは考えています。

5…ぼくが大学で教えるようになって6年目です。いつも思うのは、1年生として入ってくる若者たちの頭の固さです。もう常識でがちがちに固められている。気の毒なぐらい。だから、最初のうち、ぼくが学生たちにするのは、ある種の整体、精神的なマッサージです。他にはなにもしません。

6…学生たちが講義の最初に訊きます。「出席はとりますか? どのくらい欠席すると落ちますか? 評価の基準は?」。で、ぼくは「なにも決まってません」といいます。学生諸君は不安そうな顔つきになる。ぼくは心の中で「ごめんね」といいます。でも、一回、不安にならなきゃなりません。

7…授業が始まる。窓の外は抜けるように青い空。で、外を眺めてから、ひとこと。「あのね。ずっと欠席してない人、たくさんいるよね。向学心旺盛ですごくいいけど、人生、勉強ばかりじゃありません。たとえば、どうしても、恋人と離れがたいとか、そういう日は断固して、そっちを優先!」

8…それがどんなものであれ、なにかを教えたり、教わったりするには、「自分の人生の計画をみずから選ぶ」ことができる必要があるのです。やがて、学生諸君は、徐々に「自分で選ぶ」ことができるようになる。それは聞くべきことなのか。自分はなにを知りたいのか。なにを知らないのか。

9…ひとたび常識を離れることを知った学生たちは、たくさんのことをぼくに教えてくれるようになります。ぼくが「教える」のじゃありません。ぼくが「教わる」ようになるのです。ぼくは大学で「教える」ようになって、教育というものが実は小説(文学)とよく似ていることに気づいたのです。

10…そのもっとも素晴らしい例が「ゾーン」体験です。ぼくと学生たちが、教室で一つの小説について論じています。集団である作品について論じる時、ひとりで読む時とは異なったことが起こることは知っていました。たとえば文学賞の選考会です。いい選考会のいい選考委員の態度はいつも同じ

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by sachiolin | 2010-06-09 08:24 | 引用:: | Trackback | Comments(0)

旅|memo|

5月に、1週間ほど楽器なしの純粋なる旅をした。
そのことについて、書こう書こうと思いつつ、
結局なにも書けていない。このまま記憶が薄れて
しまうのは、惜しいので、memoをしておこう。
今回の旅テーマは「再会」だった。再会万歳。
再会できた人は偶然も重なって全部で12人だった(!)


|1| Paris
再会|夕方の散歩|四角い並木|テニスをする人|太陽の連れ込み|
新聞を読む人|歌う人|語らう人|ゆったりとした時の流れ|
白アスパラ|白ワイン|生ハム|ジャガイモ|鮭のサラダ|

|2|Paris
Art brut japonais|表現すること|むきだし|何のために描くのか|
無目的|マッサラ|エネルギー|起源に戻ること|
評価とは?価値とは?価格とは?|執念|生きる力|
部分がつながっていく|徹底的な部分|砕くこと|
天に聳える|宇宙との交信、自分の更新|蛻の殻|すばらしきランチ|
モンマルトルの丘|サクレクール寺院|古い教会|歌う人|
天に向かう一筋の煙のような声|緑のマグカップ|ピンクの壁|
坂道|スローモーションで転ぶ|地下鉄|市庁舎|休日|
空白|雨のパリ|相々傘|不思議なお店|スカーフ|
究極のオニオングラタンスープ|砂肝のサラダ|ロールキャベツ|
究極のチョコケーキ|フランス語の薫り、ざわめき、夜のゆらぎ|
「人が生き生きしている」ことについて|「街が生き生きする」ことについて|
活気|愛着|人が街をつくるのか・街が人を育むのか|
ジャズバー|踊る人々|生きることを楽しむ人々|
雨月物語|緊張感|テンポ|かなしみ|亡霊|家族|別れ道|分かれ道|
生きることと死ぬこと|名誉・名声?|眉毛|「顔」ってものについて|
美しさについて|いかにこちら側の想像力を引き出してあちら側に
連れていくか|光と影|白と黒|狂乱|||マイコーりょう|

|3|Paris
そば粉クレープ|ロダン美術館|石のとけあい|男女のとけあい|
無意識と意識のとけあい|空間と時間のとけあい|自然と建築のとけあい|
掘ること・彫ること|石の塊を削ること|石から叫びを聞くこと|
見えないものを見えるようにすること|引き算?足し算?割り算?掛け算|
緑の中の考える人|庭園|作られた美しさ|花|子ども|兄弟|
生きる美しさ|むきだしの美しさ|サングラス|太陽|
セーヌ川下り|エッフェル塔|象徴?|赤ちゃん|遠くに見えるマイケル|
川の上|舟の上|雲の上|友の隣り|流れ|歴史|街の重み|
流れること・流されること|消えること・残ること|空|
笑いがとまらないガイドのお姉さん|船のトイレ|紅茶屋さん|
Willy Ronis展|瞬間の音|呼吸する自動車|影絵|光と影|
「その時」が来るまでの緊張感|シャッター音|シャッターチャンス|
待つこと|ベトナム料理|行列のできる店|フォー|忘れ物|
戻ること|オペラ座の待ち合わせ|再会|ジュース|オンドマルトノ|

|4|Amsterdam
ゴミ収集のスト|青空|ゴミの山|再会|出会い|
路面電車|その国のルール・システム|身を切る寒さ|絶景|
アンネ・フランクの家|狭い廊下|本棚|壁のポストカード|
家族の姿|少女の運命|残された父親|死骸の山|虚無感|とまらない涙|
現場|リアル・リアリティー|言葉だけで伝わるもの・伝わらないもの|
磁場|自転車|平らな土地|再会|辛いパスタ|妹さんのこと|語らい|

|5|Amsterdam
運河|市場|若草色のパーカー|ネパール人|オランダ語の息抜け感|
レンブラントハウス|押し入れ的寝床|壁のタイル|
北向きのアトリエ|斜め上からの光|コレクション|
生きていた場(空間)・時間|過去・今・未来|
青い空|ゴッホ美術館
Rijksmuseum|フェルメール|集中する・集中させる力|
もののけ姫の舟|運河の上の音大|図書館|不思議な建物|国際的であること|
受け容れる|発表会|再会|フォルテピアノ|木の響き|音を飛び越えること|
歩んできた道が透けて見える演奏|抑制の効いた演奏|感情が深い演奏|
音が上で混ざること|トイレで再会|卒業試験|打楽器|リズムの王国|
沈黙の深さ|純粋なる衝動|踊り|地鳴り|鼓動|数学的|音楽的|幾何学的|
想い|真剣さ|拍手|支えられること|再会の嵐|冷たい雨|来ないトラム|
スペイン人の女の子|「あなたと話せてよかったわ」|よい旅を|「さよなら」|


|6|Leiden|Duesseldorf|Wuppertal|
3倍速の旅|石畳|風車|教会|壁に書かれた芭蕉の句|外国にある日本|
ライデン大学|巨大な温室|
曇るカメラレンズ|植物・生き物の力|強烈な生命力|見たこともない植物|
風の谷のナウシカ|共生|シーボルトハウス|江戸文化|お持ち帰り|地図|海を渡ること|
大学町|学びが息づく場|レンガ|景観|風|土|川|
アジア食屋さん|再会|出会い|ワンちゃん|アートなお宅|
極上のチーズケーキ|動物のいる生活|ことばの通じない生き物|
坂道|再会|豪邸|ステーキ|アスパラ|ポテトサラダ|納豆|マリオ|

|7|Wuppertal|Osnabrueck|Bremen|
きのこパスタ|揺れるモノレール|川の上|動物園
自然がメイン|動物が普通に暮らしてる|だたっぴろい|
整備されすぎないこと|あるがままと手入れされた自然の間|
頭の上をサギが飛ぶ|危険|適当|そのまま|普通|
緑の美しさ|生命力|電車の変更|駅で再会|昔と今を共有する|
再会|誕生日パーティー|ドイツ人の社交について|会話|
音楽隊|Koerperwelten|解剖|人体|
毛細血管の美しさ|骨|筋肉|臓器|心臓|「顔」について|
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by sachiolin | 2010-06-09 07:56 | 旅|| Europa | Trackback | Comments(2)

夢 /// 北野武

「夢なんてもう、急にどっかに
現れたり消えちゃったりするんだけど、
目標って上がっていけば
そこにあるって確信しているからね。
『夢は夢でしかないよ』って言いたいね。」

北野武
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by sachiolin | 2010-06-07 08:04 | 夢 /// | Trackback | Comments(0)

最後のコンサート。

おとといは、シンフォニーコンサートだった。
月に一度、暗闇の穴倉(オケピット)から
抜け出て、舞台の上で、皆で光を浴びる。笑。

私にとって、最後のシンフォニーコンサートだった。
曲目は、マーラーの交響曲の7番。







正直なところ、私はこの曲が
あまり好きになれずにいたし、
正直なところ、ラストだからといって、
そこまで感慨深くなってもいなく、
いたって、平常心で、椅子に座った。


ところが、弾いていて、ある瞬間、
ふと、泣きそうになってしまった。
自分で自分にびっくりした。
まだ曲の始めの方だったので、
いかんいかんと、こらえた。

じわりじわりと涙が出てくるのではなく、
あまりにそれは突然で、そして予想外だった。
弾き続けなくてよいのなら、多分私は、
その場で、長いこと、泣いていただろう。


あれは、音楽の力、だったのかもしれない。
音楽が、閉まっていた心の引き出しを開けてしまった。

私は、あの瞬間、弾きながら、
ここで、この人たちに育まれたと、
強烈に、そしてやさしく感じた。



本番は、とてもうまくいった、と思う。

個人的にも、ベストの状態だった。
内なるマグマは燃えつつ、
外からは冷風が吹いていた。
理性と感情のバランスがよかった。
体と心のバランスがよかった。
オーケストラでは、たとえコンマスの席に
座ろうとも一度も変な緊張をしたことがない。
あの感覚を、ソロのときも持てたならよいのに。

オーケストラは、何十人という人間が
集まって、成り立っている「楽器」である。
ひとりひとりの奏者から、音の粒が
湯煙のように立ちあがって、上の方で
まざりあい、ゆっくりと降りてきて、循環する。
その音のシャワーを浴び続けながら、
新しい音をどんどんと立ちあげていく、
その時間は、その感覚は、とても言葉で表し切れない。


それぞれの楽器を鳴らし、
それぞれの身体を鳴らし、
ひとつの大きな「楽器」が出来あがり、
最終的にホールという「楽器」を満たしながら、
聞く人々を巻き込みながら、音のお風呂は、
温められ、ぐるぐると、循環し続ける。

なんて、贅沢なんだろう、と思う。

こんなに沢山の人間が関わって
作り上げていく「音」だけの世界。


心が満たされていく。浄化されていく。



最後の演奏会を逃すまじとばかりに、
大好きなふたりが、聴きに来てくれた。

「感動した~~~!!」と言って、
目をキラキラさせて私に近づいてきてくれて、
私も目がキラキラした。客席にいるふたりは、
やわらかく、華やかなオーラに包まれていて、
流石だわと思った。ふたりは、ダンサーなのだ。


少しずつ仲良くなっていった、ふたり。
10代で親元を離れ、ひとり海外生活を送り、
社会人歴ももう長い。厳しい世界で生き抜き、
舞台の上で舞うふたりを、とても尊敬している。

ふたりに出会えたことを、幸せに思う。
ふたりとお別れかと思うと、かなしくなる。

もっと沢山の時を、沢山のことを、
ここで、このふたりと分かち合えたら、
どんなに素敵だったろう。

おふたりさん、私の前に
現れてくれてどうもありがとう。


そろそろ、いろいろ、おしまいが見えてきた。
この金ピカのホールで弾くこともなくなった。

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今日の言葉*

「魂は全体として魂なきものの全体を配慮し、
時のよりところによって姿を変えながら、
宇宙をくまなくめぐり歩く。その場合、
翼のそろった完全な魂は、天空高く駆け上って、
あまねく宇宙の秩序を支配するけれども、しかし、
翼を失うときは、何らかの固体にぶつかるまで下に落ち、
土の要素から成る肉体をつかまえて、その固体に住みつく。
つかまえられた肉体は、そこに宿った魂の力のために、
自分で自分を動かすようにみえるので、この魂と肉体とが
結合した全体は「生けるもの」と呼ばれ、そしてそれに
「死すべき」という名が冠せられることになったのである」

(プラトン「パイドロス」より)
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by sachiolin | 2010-06-05 10:01 | Trackback | Comments(2)

道∺わたし

自分に対してうそをつかないで、進んだ道は、
ふりかえったときに、きちんと残っている。

うまくいくかいかないかではなくて、
どれだけ誠意をもって、
一回一回のチャンスに真剣に取り組んだか。
どれだけ自分という人間を砕いたか。 
どれだけ「本気」だったか。
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by sachiolin | 2010-06-05 04:40 | 道∺ | Trackback | Comments(0)

夢 /// 北野武

「今の子供は夢を持てといわれつづけ、
個性が大事だといわれつづけていて息苦しさを感じている。
夢なんてそうそうあるものではない。
なくたっていいんだと言ってあげられる人がいない。」

北野武


これも「夢」の話。
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by sachiolin | 2010-06-03 20:24 | 夢 /// | Trackback | Comments(0)

夢 /// im Kreis

夢にいろんな人が出てきた。

やさしくされたり、冷たくされたりした。
気があったり、あわなかったりした。
励まされたり、ばかにされたりした。

いろんなことを思い返しながら、切なくなった。
生きているって、とりかえしがつかないな。

それでも、明日がくるわけだ。


1年というのは、1カ月というのは、
ひょっとすると、考えているよりも
ずっとはやく過ぎ去っていくのではないかと、
リアルに感じて、背筋がゾゾゾとした。

だってこうしてもう1日が過ぎようとしている。
これが7回続けばあっという間に1週間なのだもの。
きっとあっというまにおばあさんになる。

私はあと何年生きるのだろう、
死んだあとはどこにいくのだろう、
生きている間に
どれだけの死が私を通過するのだろう
どれだけのことを失っていくのだろう、
どれだけのことを育むのだろうと、
たまにふと考えることがある。

毎回同じとこをぐるぐると。



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by sachiolin | 2010-06-01 05:37 | 夢 /// | Trackback | Comments(0)