sachiolin.exblog.jp

わたしの心の風景メモ。 


by sachiolin
プロフィールを見る
画像一覧
カレンダー
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31

<   2010年 05月 ( 29 )   > この月の画像一覧

笑▽ 中川家

見かけによらず、お笑い好きの友人に
すすめられた中川家。面白ーい。
リアルだなー。役者だなー。

ものまねというのは、無ではなくて「中」だわ。
(これ、最近のマイテーマ。)









[PR]
by sachiolin | 2010-05-31 09:29 | 笑▽

道∺横尾忠則

「過去の悩み、苦しみ、迷いは『今』ほとんど解決している。
時間が解決してくれたのだ。そう思えばたった『今』の問題も
未来から振り返れば全て解決済みということになる。
なのにやっぱり「今」から逃れられないのだ。
人間は苦痛を愛する余り、手放したくないらしい。

芸術家にはありとあらゆる地獄的苦痛が降り注いでくる。
しかし、美味くても不味くても食い尽くさなければならない。
でないと天国のベアトリーチェに迎えられず、
再びこの世に戻されてしまう。芸術家の不退転の道は険しい。」

横尾忠則
[PR]
by sachiolin | 2010-05-31 09:17 | 道∺

道∺横尾忠則

「色彩感覚は先天的なものだとばかり長い間思い続けて、
ぼくは色彩音痴だと決めつけていた。だからデザイナー時代は
ほとんど原色以外の色は怖くて使わなかった。それが絵の道に
進むようになって色感は後天的なものだと理解し始めたが、
その途端何が何だか解らないほど難しくなった。

ぼくはアカデミックな教育を受けていないので、
何かを習得するためには体を通するしかなかった。
頭の方は記憶喪失していくが体は忘れるということはない。
だから体だけが財産だ。」

横尾忠則) 
[PR]
by sachiolin | 2010-05-31 09:08 | 道∺

考〇水のなか

人は必ず一日に一回数時間
無意識の川に落っこちている。

時の流れるままに、
川の流れるままに、
無力にそこへ流される。

この水のなかの眠りの移動が
あるからこそ、旅は面白い。

予測不可能な物語を「意識の舟」で乗り継いでいく。
外に見える世界が全てではない。水の中はもっと魅力的だ。
[PR]
by sachiolin | 2010-05-30 11:08 | 考〇

思〇宇宙のひとしずく

自分が生きているというその事実は、
はるかかなたから続く人類、
宇宙の大きな物語の一滴である
ということに他ならない。

そういう意味で、音を出すことも
生きることも「つなげる」ことなのだと思う。

だからこそ、自分に対するエゴではなく、
他者・世界に対するリスペクトが大切になってくる。

結局自分は自分であって自分ではないから。


われらみな 大きな宇宙の ひとしずく
[PR]
by sachiolin | 2010-05-30 11:05 | 思〇
音楽を奏でることは、心が動くことなのだ。
音を動かすことは、命を運ぶことなのだ。

心というのは、感情なのだろうか。

どうもちがうような気がする。
感情とはなんだろうか。
[PR]
by sachiolin | 2010-05-30 10:36 | 考〇

思〇失うこと

何かに、誰かに、失望するのは、
そのこと自体は悲しいし、
心を削ぎ落とされることだけれど、
それだけ何かに、誰かに期待していた、
期待する何かに出会ったということは、
たからものなのではないか。

失うことは、辛いけれど、
失ったと感じることは、その分だけ
もう何かを得ているのかもしれない。
[PR]
by sachiolin | 2010-05-30 10:34 | 思〇
「あとは野となれ山となれ」と自然と思えるような、
何が起こるかわくわく楽しみに待つような状態まで、
自分を持っていけるかが、なによりも大切。

自分で自分に期待できることっていい。
結果を期待するのではなく。

その積み重ねが確信になり自信になる。

いつでも誰にでも
明日という可能性が待っている。
[PR]
by sachiolin | 2010-05-30 10:26 | 思〇

考〇白い沈黙

圧倒的な沈黙というものが
少なくなってしまった現代に生きる私たちは、
目が眩むほどの真っ白の美しい画用紙を失ってしまった
画家のようであるのかもしれない。

いや、ただ見失っているだけなのか? 

静かに耳をじっとじっと澄ましていたら、
浮かんでくるだろうか。

それぞれの、美しい白い沈黙が。
[PR]
by sachiolin | 2010-05-30 10:24 | 考〇
疲れが出て「泥」のようになる感覚は不思議だ。
普段、無意識のうちに自分という体と心に
堤防をつくっているのだなと気付く。
その、世界との境界線のようなものが
決壊してみて初めてそれに気付く。
そうやって決壊と工事を繰り返す。

HOMEと呼べるものは、
やはりある程度、囲われたものなのだろうか。
[PR]
by sachiolin | 2010-05-30 10:22 | 考〇