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わたしの心の風景メモ。 


by sachiolin
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<   2010年 02月 ( 12 )   > この月の画像一覧

今日の言葉を整理することで、測らずも毎回
半年単位で自分を反省・反芻することになる。

2009年後半の半年は、楽しかったことも
沢山あったけれど、振り返ってみると
かなり悩み苦しみもがいた日々だった。

ひどいアトピーになってしまい、
眠れなくて痒くて辛くて悔しくて
しくしく泣きながら、キッチンの椅子で
体育座りしながら、見上げた夜空に浮かぶ月の
美しかったこと。友達、家族、人の温かさ、有難さを
あらためて、深く深く感じたこと。

あんなに辛かったのに、今はこんなに
ケロッとしていて、ご飯は美味しくて、
世界はキラキラしていて、奥が深くて、
人生っていうのは、捨てたもんじゃないし、
捨てるもんじゃないよなぁと感じる。


悩んだだけに、書いたことも多くて、
悩んだだけに、発見したことも沢山あった。

あの何カ月かのことが、随分昔のように
感じる。それくらい濃厚な時間だったし、
丸ごと生まれ変わったような不思議な気分がする。

大学時代に「悩むことが多くて…」と
うじうじと、先生に相談したら
「悩むことは素晴らしいんだよ。
大いに悩んだらいい。」と言われ、
意外だったのと、その先生の妙な明るさとに、
「そうか」とすんなり思えたことを思い出した。

ずっと悩んでばかりはよくないけれど、確かに、
悩めるときは「大いに悩んだらいい」のかもしれない。

悩むときは、徹底的に悩んでいれば、
そのうち底に足がついて、自然と浮かんでくる。



誰に何を薦められても褒められても
咎められても批難されても
結局のところ、自分が自分に納得することが
何よりも大切で、どんなに悩んでも、
回り回って、めぐりめぐって、
そこに結局、戻ってきてしまう。
意見を聞くのは勿論ものすごく大切で
広い世界に耳を開き目を開き、そこから
たくさんのことを学ぶ必要があるけれど、
誰も自分と代わってくれなくて
自分という人間は自分にしか生きれない。
だから、自分でとことん悩んで苦しんで、
浮かんできたことや、見えてきたことは、
自分が一番分かるし、リアルに感じられるし、
自分で自分に自然と納得がいく。

山登りと同じだ。

自分でしか自分の道は歩めず、
自分でしか自分の体のことは分からない。
心の底から笑ってるか、泣いているか、
自分の「本当」は、自分にしか分からない。

そこに人生の厳しさがあり、楽しさがある。
そこに人生の醍醐味がある。



さて。今年の半年はどうなるかな。







「大切なのは何をしたかではなく、
何のためにしたかなんだ。」
(木村大作・「剣岳」の映画監督)


「短い一生で
心魅かれることに
多くは出会わない
もし 見つけたら
大切に 大切に」
(星野道夫)



「これが私の優しさです


窓の外の若葉について考えていいですか
そのむこうの青空について考えても?
永遠と虚無について考えていいですか
あなたが死にかけているときに

あなたが死にかけているときに
あなたについて考えないでいいですか
あなたから遠く遠くはなれて
生きている恋人のことを考えても?

それがあなたを考えることにつながる
とそう信じてもいいですか
それほど強くなつていいですか
あなたのおかげで」


「雛祭りの日に

娘よーーー
いつかおまえの
たつたひとつの
ほほえみが
ひとりの男を
生かすことも
あるだろう
そのほほえみの
やさしさに
父と母は
信ずるすべてを
のこすのだ
おのがいのちを
のこすのだ」

(谷川俊太郎)


「自然の中に生きていると心がなごむ。この地球の自然なしには
人間は生きていけない。というより人間も地球の自然の一部なのだ。
地球を離れては、人間は呼吸することすらできない。宇宙人が地球に
やってきたらエイリアンだが、宇宙における地球人もまたエイリアンなのだよ。
地球以外にいきどころがないのが地球人だ。」
(ウォーリー・シラー ::立花隆「宇宙からの生還」より)

「俺のライバルは明日の俺だ。過去の俺とは戦わない。」
(松本人志)


「愛は人の心を受け止めること
恋は人の心が変わること
だから恋愛ってのは
変わってく人の心を受け止めることなんだよ」


「仕事を始める時には、十人のうち二,三人が
 賛成する時でなければならない。一人も賛成者が
 いない時では早すぎるが、十人のうち、五人も
 賛成するような時では、着手しても、
 すでに手遅れである。」
(大原総一郎)

「世間を楽しませているから
自分も楽しむべきだっていうんじゃなくて、
楽しませる域にいることが根本であって、
一番凄いことなんだ。それ自体が贅沢であってだな、
それに加えて自分が贅沢するってのは余分なことなの。」
(北野武)

「日本が敗れたことによって、『日本とは何か』を考えさせられ、
それに対応して『西洋とは何か』という問いと、
『日本と西洋はつながるのか、つながらないのか』という問いかけを、
僕はずっとしてきました。日本の音楽は邦楽と呼ばれますが、
ヨーロッパでは自分たちの音楽を西洋音楽という言う人は誰もいない。
ヨーロッパには初めからインターナショナルがあったんです。
ナショナルとナショナルが接触しているところをインターナショナルと
言うのですが、ヨーロッパはすべてがインターナショナルなのです。」
(篠田正浩 「NHK 知るを楽しむ 私のこだわり人物伝」より)

「すべてその種において完全なものは、
その種を超越する。」
(ゲーテ)

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by sachiolin | 2010-02-28 11:43 | 今日の言葉+Wörter | Trackback | Comments(0)

かけら◆13

日々思いついては消えていったり
日々他からもらってはためていったかけらを、
たまに書いていこうかなと。

本日13回目の試み。

基本的にごちゃごちゃのメモなので、
あしからず…。
ごちゃごちゃが、いつかどこかで
繋がったりしたら面白いなぁ~


100%自分のためのメモなので、うんざりするので
忙しいかたは、読まない方がいいです。笑。



◆願望・希望 wish・hope
可能性/期待度の、高さ/低さ 
理想と現実、
夢と希望 失望
希望の欠片 

◆いとおしさ、せつなさ

◆やさしさ

◆つながりが大切→つなげる
おわり=はじまり

◆言葉がメッセージとして伝わってくる瞬間
◆音がメッセージとして伝わってくる瞬間

◆マイケルの「I love you」

◆音が音楽になる瞬間
◆言葉が意味をもつ瞬間

◆意味ーー他者の中で生きること
◆自分から誰かへ。誰かから次の誰かへ。

◆1次的、2次的、3次的

◆伝わることーーー伝わっていくこと/生き続けること

◆「かんじんなところ」 肝心?肝腎?

◆明確なイメージ/理想
◆印象派?写実派?
◆いきなり印象派からはじめない
◆写実することに徹する。

◆鏡----自分が映る(左右逆・セカンド自分)
◆窓----外が見える(その人が見ている世界・サード自分)

◆ドア? 世界への入口/出口

◆自分=家
「来るものを拒まず、去るものを追わず」
窓もドアも閉め切らない/開けっ放しにしない

◆世界の中に自分があり、自分は世界(の一部)でもある

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by sachiolin | 2010-02-26 12:02 | かけら◆ | Trackback | Comments(0)

日常ブロック・4

冬が少しずつ遠ざかり、春の足音が彼方から聞こえる。
冬の張り詰めた冷たい空気がゆるみ、春の香りが微かにする。

確実に、春が近づいてきている。

もうすぐ花が開く。
もうすぐ春が来る。



日常に非常なる無常を感じる。
日常ブロック、4つ目更新。



友人宅に遊びに行ったら、ちょうど読みたかった/面白そうな本が沢山あってテンションが上がった。風の谷のナウシカ全巻、聖☆おにいさん、原研哉著「白」、松岡正剛著「遊学Ⅰ、Ⅱ」「ルナティックス」、高田公理著「にっぽんの知恵」、創世記…などなど。本の貸し借りはとても嬉しいし楽しい。


仲良しのダンサーのキハコちゃんと買い物をした。ダンサーなだけに、スタイル抜群で、そして彼女の独特の透明な美しいオーラをもってしては、何を着てもサマになりすぎて、驚くを通り越して感動すらした。ステキダ。。。 私もピンクの財布と黒いワンピースを購入。2人でワクワクドキドキを味わった。


今日はベトナム料理屋さんでランチをした。「フォーがある、フォーにしようかな。フォー好きなんだよねー」という隣りの友人の言葉を聞いて、私の頭の中では、マイケル・ジャクソンがフォーと三回叫んだ。だめだ、相当マイコーが好きらしい。頂いたフォーは、フォーと叫びたくなるほど美味しかった


先日カプチーノのミルクの泡をつくる道具をついに購入しわくわくしながら家で箱を開けたら、コトンと乾電池だけが落ちた。見本の箱を持ってきてしまったのかと思い、お店に行き、説明したが、信じてもらえなかった。疑い深い目で私をじっと見詰めた。他人の盗みを背負ったようだ。不思議な気持だ。 人に自分を信じてもらえないというのは、想像以上にかなしいことだと、感じた。そして、盗みをはたらいた人の「心」に偶然に出会って、それが透けてみえて、またかなしくなった。 「自転車泥棒」という映画をふと思い出した。息子が父を見つめるあの眼差し。かなしみのラストシーン。


ラヴェルのオペラと、プッチーニのジャンニ・スキッキのリハ。どちらも短いオペラなので休憩を挟んで2作公演するらしい。一粒で二度美味しい感じでいい。ラヴェルのオペラを弾きながら、ふと「パリの屋根の下」を思い出した。フランス映画の粋な音楽の香りがする。プッチーニは弾きながら泣いた。名曲


この前、かばんの中から葉書を発見した。1週間ほどまえに書いたものだ。よく私は手紙を温存する。今日こそは明日こそはと思っているのに、必ず出し忘れる。気合いを入れ手に握りしめている時に限って人に会って立ち話をしてポストをいつの間にか通りすぎる。明日こそは出そう。京都のまきちゃん元気?


昨晩の演奏会で、一列目に座っていたおじいさんが忘れられない。指揮者がおじぎをすると、パシャンと一枚写真を撮ったきり、あとはじーっと耳を澄ましていた。ブルックナーの2楽章で目を閉じて少し微笑んでいるように見えた。よく考えてみると空飛ぶ家のカールおじさんにそっくりだった。


厳しい冬の寒さはやっと和らいだ。ピンと張り詰めていた空気が、ふわっと柔らかくなったのを感じる。心もゆるむ。仕事場の前の立派な桜の木をお伺いにいったが、まだ蕾は固く閉じていた。何せ、すぐ隣りで、スケート場の氷の残りがとけきれずに残っているくらいだものなぁ。春はまだ遠い。でも近づいた


何に興味をもつか、何が見えてるか、何が聞こえているか・・・すべて自分次第なんだよなー 当たり前だけど。 自分が変わると世界が変わるんだよなー 世界はいつでも自分の目の前にあって。 知らないうちに、自分はそれからいくつかを選びとって毎日生きているんだろうなー  右の道を行くか、左の道を行くか。紅茶にするか、珈琲にするか。砂糖を入れるか、入れないか。太宰を読むか、ヘッセを読むか。バッハを弾くか、イザイを弾くか。本屋に寄るか、スーパーに寄るか。 いろんな場所でいろんなときにひとつずつ選択して日常が重なっていく。 偶然の必然の偶然 


気持よく晴れたので家中を掃除した。すっきり。窓拭きもした。好きなコトの一つ。窓はごしごしと力で強く拭いてもきれいにならない。水拭きをしてから、やさしく軽く拭き重ねる。丁寧に拭き重ねていくとある瞬間に窓がすっと透明になる。布の抵抗がなくなりツルツルになる。力ではなく静かな回数。  ピカピカになった窓を、全開にして、気持のよい風とオヒサマを部屋に入れた。家が片付いて、磨くべきものがピカピカになると、不思議なんだけど、いいことがありそうな気がしてくる。 人間もひとつの家みたいなもので、ずっと閉め切っていると淀む。よく開閉することが大切だわ。

友人が「うちのお母さんの一番の教えは、まず、トイレを掃除しなさいということなんだ。」と言っていたのをふと思い出した。この教えは、シンプルであり、結構深いことだよなーと思う。  汚れをおとす、穢れをおとす、影をみつめる、光を当てる


今日はこれから月に一度のシンフォニーコンサート。メインはブルックナーの6番。この曲だけでざっと1時間もある。オペラを弾いているからなんてことないはずだが、結構キツイ。ブルックナーは、どうも好きになれなかった(というかあまり理解できなかった)けど、昨日あたりからふと心に近く感じた    ゲネプロは集中力が足りなかったが、今日の午後は昼寝をたっぷりできたので、多分うまくいく。演奏は、体が資本だわ~~。身体が柔らかくなっていることが大切だわ~~。考えてみると脳というのも身体の一部だし。さて、出かける準備。。。


今日は日本人の同僚とお寿司屋さんに行った。ほうれんそうのおひたし、ちらしずしセット、抹茶アイス、日本茶で大満足。何より人と楽しく食べると美味しさが深まる。和食を堪能し、重心がひゅっと下がったのを感じた。体がしゅっと一つに気持よくまとまる感じ。あぁわれ、日本人かな。


今日もずっと雪が降り続いた。流石のドイツ人も、もう雪はたくさんだと嘆いていた。雪が白色でよかったと思った。黒色だったら、どんなにか街が暗かったであろう。そういえば、日本人は太陽を絵に描くと、赤色を使うが、欧人にとっては太陽は黄色なのだ。これは結構驚き。日本国旗が赤だからかしら。


雪道にできた、犬の足跡は、ものすごくかわいいと思う。今日もたくさん見た。


楽譜の整理を始めたらとまらなくなって、そして、いつの間にか途中でとまってしまい、長い間、部屋の床が楽譜だらけであったが、さきほどついに全て片付けられた。暫く楽譜が絨毯のようになっていたのがスタンダードだったから、本当の絨毯が見えて、すっきりしたのに何か気持が落ち着かない。変だ。


明日からはシンフォニーコンサートのリハ。ダラピッコラやらブルックナーやらを弾く。ダラピッコラというのは、すごくいい名前だと思う。リズムといい響きといい。今週からはまた忙しい。


今日はユウキさんのバレエの新作を観た。すごくよかった!なんていう繊細で研ぎ澄まされた感性。踊り・舞台・照明・衣裳・・・見事に響き合っていた。キハコちゃんの踊りには、またしても泣かされた。彼女の踊りを見ると、いつも理由の分からない涙が出る。生きていることの凄みが迫ってくる。動く彫刻


ジャガイモを二㌔も買ってしまったので、明日はグラタンに初挑戦する。立派なオーブンが、やっと使われる。そのあとは、ニンジンケーキを焼きたい。そのあとは、紅茶のケーキ。単に自分の好きなもの。そいえば、明日はバレンタインかー。むぅ。。。ドイツはチョコではなくお花をあげる。確か・・・。


最近周りの人がふと色々打ち明けてくることが多い。人生に恋愛に進路に…皆それぞれ悩んでいる。それぞれにそれぞれの人生がある。恋がある。道がある。何かに悩んだりがっかりするということは、それだけ何かに期待していたということで希望や期待するものに出会えたこと/自分を砕いたことは尊い。 どんなことも、全てはきっと糧になる。どんなに辛いことも、あとから振り返ると、全てはこのために仕組まれていたんだ、よかったよかったと思えることが、あったりもする。どんなときも、朝が来る、明日が来る。人生は捨てたもんじゃないし、捨てるもんではない。


植物をまた二つ買ってしまった。我が家へようこそ。小さいものばかりだけどいつの間以下8コの植物が呼吸している。新しい葉が出ているのを発見すると嬉しくてたまらなくなり、まだ産毛が生えているような葉っぱを、思わずよしよしと撫でてしまう。ちなみに、バジルは、枯れてしまった。。難しい


今日はアクティヴに動き回った日。人生初クライミングは、とても楽しかった。壁をのぼるなんてと思ったが、きちんと習って、夢中で遊んだ。どうしても手を主に使ってしまい疲れたが、足、というか全身のバランスで、壁とお友達になるといいんだろうなぁ。体育館から出た時、外の空気が格別美味しかった


今日は少し晴れている。でも雲のお蒲団が無い分、余計に寒い。今夜は雲が厚くなっていき雪も降り-11度になるそうだ。 どっちにしろ、寒い。。けれど、晴れているので、今からジョギングに行こうと思う。少々無謀。 今晩はものすごい厚着をして仕事に出かけようっと。
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by sachiolin | 2010-02-26 11:07 | 常・ | Trackback | Comments(2)

聴● Jackson 5 Gold

この前都会に出たときに、
久しぶりに、CDというものを買った。
お目当ては、マイコーの「ヒストリー」だったが
なかった。そこで出会ったのがこちらのアルバム。

Jackson 5 Gold 二枚組。


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もう。マイコーサイコーです。すごすぎる。
聴いてると、自然とsoulという言葉が浮かんでくる。
命を削って歌ってるのだよな~。まだ大人になってないマイコーなのに、
なんでこんなに切なさが伝わってくるのでしょう。分かっているのでしょう。
愛する切なさ。生きる切なさ。泣けてくる。すごいわー。天才だわー。


マイコーの歌声を聞いてると、今日もがんばるぞって思えちゃうし、
お掃除も、皿洗いもスイスイできてしまうし、
生きてきてよかったと思えるし、踊り出したくなっちゃう。

なんだろな、このワクワク感は。



クラシックからますます興味が薄れている最近のワタクシ。
毎日毎日クラシックを聴いてきて、続けてきて、
それが飽和したというか、なんというか。
よく分からないけど、そういう時期なのかも。
きっとまたしゅるっと戻ってくるのだろうけど。


今は、自分の中で、新しい風が吹いている。


松井敬治さんの音世界を聴いてから、
ずっと「そもそも音楽ってなんだ?」という
シンプルな問いが自分の中で、疼いている。


世界にはたくさんの人がいて、たくさんの音楽を聴いていて、
たくさんの音楽が今日も生み出されている。

もっともっといろいろ聞いてみたい。
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by sachiolin | 2010-02-21 22:59 | 聴● | Trackback | Comments(0)
昨日はoben(カールじいさんの空飛ぶ家)を同僚と3人で観てきた。
本当は、先月に観る予定だったのだが「フィルムが前の映画館からまだ
届いていないため今日は上映できません。」というものすごい理由(笑)
のために、妹分と呆然としながら、泣く泣く違う映画を観た。
Disgrace(恥辱)というその映画も素晴らしかったのでよかったけど。
そんなこともあって、オアズケ状態だったので、尚更楽しみにしていた。

私のそのお気に入りの映画館は、土日の午後に、子供の映画時間を設けていて
昨日はその一日だった。3.5ユーロで、観ることができる。大人も同じ値段。
ちなみに通常は、大人5,5ユーロ、学生4,5ユーロ。
現実の日本円に換算しまわないで、こちらの金銭感覚にしてみると、
550円とか450円とか、そういう感じ。500円玉1個くらいの感覚。
映画ってエンターテイメントなのだから、そうあるべきだと思う。
前から思っていたけど、日本は映画が高すぎるーーー!
ちなみに、私は思い切って10回券を購入した。45ユーロ。
うふふ。わくわく。何としても月に2本以上観るぞ。
月に一度無声映画を、生ピアノ演奏付きで上映しているのも、
この映画館の魅力のひとつ。またそのピアニストがうまくてうまくて。
即興演奏万歳。昨年観た、戦艦ポチョムキンとかホントに凄かった~。


ぶ厚い赤いカーテンをよけて入ると、そこには一杯の子供たち!
ワクワクざわざわ。がやがやどしどし。蠢く席。

約90分、じっくり味わった。

子供たちは、笑う時は思い切り笑い、しんみりとしたシーンでは
想像以上にしんみりとして、映画館全体の空気がひゅーんと下がった。
そういう素直な反応と空気のなかで一緒に観れたのが、楽しかった。

あぁ、本当にすごくいい映画だったナ。

始めのほうの懐古シーンは特に、もう、涙がとまらなかった。
「おじいさんとおばあさん」というものに、もともと私は弱くて、
ドイツで仲良く手をつないで歩いている老夫婦を見かけると、
それだけで涙腺がゆるんで、じーんとしてしまうから、
もう、この映画のあのシーンは、特にたまらなかった。
年老いて、愛する人がいなくなって、子供もいなくて
一人になってしまったときに向かえる、朝食のテーブル。
ベットの余ったところを、そのままに使ってしまう感触。
あったものを、あった通りに、使ってしまう日常。
なくなったものを、なくせない、日常。

途轍もなく、切ない。


HOMEについて、帰ることについて、またまた考えさせられた。

家・Home・帰るところ・戻るところ・日常の宝箱・
愛の巣・家族の時間・閉じられた空間・記憶の箱・
モノに詰まったかなしみとせつなさと喜び・
共有した時間・空間・手には掴めない心に残る感触・気配
去り行く者と残された者・残されたモノと残された者
モノ・物・者・・・コト・事・言
・・・
生きるところ・死ぬところ??


ただ一つの写真でも、物に過ぎないけど、
愛する者とつながると、モノがコトになる。

愛は掴めないけど、物は掴める。
想いが詰まった物たち。離したくない物たち。

郵便受け。写真立て。椅子。
ベット。テーブル。冒険ノート。
手書きの探検地図・・・家そのもの。


愛する者を失ったカールじいさんは、
愛する者の物たちを、そして、
大きな大きな家を、そのまままるごと空に運んだ。

愛する者を失ったカールじいさんは、
愛する者の物を、傷つけられた時、失いそうになった時、
燃やされそうになった時、必死でそれを繋げとめようとした。

最後の最後で、その全てが手から離れ、空に放されたことで、
カールじいさんは、新しいカールじいさんになり、
新しい友だちと、新しい生活が、始まった。

物を捨てても、物が離れても、物が傷ついても、
自分ていう人間そのものが、愛する者・物の記憶そのものであり、
自分ていう人間そのものが、愛する家なんだろうなと思った。


物・者・モノ



それにしてもたまに映像なのかアニメなのか写真なのか本物なのか
分からない時があった。リアルとバーチャルのぎりぎりの際。


動物に言葉を使わせるのも、アニメの世界ではよくあるけど、
口を動かせずに首輪から声が出るというのが、よかった。
妙にリアルな感覚が残り、映画館を出た後、犬を見ては、
妹分と大笑いした(犬に失礼)。犬はこちらを見て困った顔をしていた。

それこそ「イメージとファンタジーが見事に結婚」している作品だ。

現実にあることと、ないことを、うまく混ぜて作り上げているから、
リアルに感じつつ、ファンタジーの世界を楽しめる。
見ている方は、「自分の感覚」に全くないものは、イメージができない。
ファンタジーだけだと、そこで括られてしまう。
それもいいけど、それは真のエンターテイメントではない気がする。

楽しむということは、「ありそでなさそで」という感覚があるからこそ、
そのリアルとバーチャルの間に自分を置くことができ、
意識と無意識の間で、楽しめるのだと思う。

もっとも、どんな映画でも小説でも、「人間」が作ったものを
人間が楽しむのだから、全くもって、イメージもできず
ファンタジーも理解できないという作品は、存在し得ないのだろうけど。

つまり、蝿とか、鳥とか、犬とかが、映画を作ったとしたら、
私たち人間は、まったく意味が分からないということが
あり得るのじゃないかってことだ。こんなことを書いていると、
ユクスキュルの「生物から見た世界」を読んだ時の衝撃がふと蘇る。


…ととと。

話がとても脱線したが、とてもいい映画だった。


よきかなよきかな。


今日の言葉*
「おのれが境界にあらざるものをば、
あらそふべからず、ぜひすべからず」
(徒然草)
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by sachiolin | 2010-02-21 22:01 | 観■Film | Trackback | Comments(0)

:: 自殺について。

内田樹の研究室より引用

ドイツのどの雑誌でいつ頃出版されるのかな~

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by sachiolin | 2010-02-15 06:35 | 引用:: | Trackback | Comments(0)
集中力増す、三つのしかけ


・ゴールを決めない
・コツコツやらない
・結果を求めない


まぁ、言われてみると確かにそうですね。
そもそも人生に、ゴールはないものだし。
結果はあとからついてくるものだし。

この話を読んで昔の体育の時間(水泳)をふと思いだした。
自分よりかなりタイムが速い人が隣りのコースにいた。
水のなかで、おぼろげに見える、斜め前の人の影。
それを知らず知らずに意識しながら、離されないようにと
泳いでいたら、自分では信じられないようなタイムが出たのだ。
あの時は、ほんと、びっくりしたなぁ。
人間の能力の可能性に、びっくりした。


それにしても・・・

:::::::::::::::::::::::::::::::

「私はコツコツ努力するタイプです」と言う人を、私は信用しない。
その言葉を聞いたとたん「コイツはダメだな」と思ってしまう

:::::::::::::::::::::::::::::::


はいはいはいー私。
コツコツコツコツ・・・って思っています。
数日前の日記でも書いています。ダメなやつです。笑。

とはいえ、コツコツって言葉も、考え方とかやり方次第だしのぉ。
でも、確かに、どんな分野でも、ずば抜けている人は、
視点が人と違うし、言うことが面白い。それでいて、
きちんと静かに努力しているんだよなぁ。
イチローはその典型。本当に尊敬。

変化しないコツコツはよくないのかも。
ただ全く同じことを続けていればいいわけではなくて、
コツコツの質がどんどん進化し深まるのがきっと大切。


ところで今日は初グラタンだったが、
塩味がきつかった。グラタンのモトを使ったら、
やはりドイツ仕様で、味が濃かった模様。

何がともあれ、家にある立派なオーブンが、やっと初めて
使われたということで、とりあえず自分におめでとう。
次は、ニンジンケーキを焼いてみたい。
その次は、紅茶のケーキ。初のお菓子作り、なるか?!


今日の言葉*
「絶対に無理、と人から言われたことだけが現実になった。
他人の意見はあてにはならない。
絶対に無理、と言ってくれた人にはとても感謝してる。
そう言ってくれたからやる気になったし。
あなたならできるよ、と言われたことは、やらないなあ……。
天の邪鬼なのか。私には『あなたにだってできるよ』と聴こえる。」
田口ランディ
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by sachiolin | 2010-02-15 05:33 | 引用:: | Trackback | Comments(0)
無印良品のページより。
(注※2ページ目からスタートしてしまいます)

グラフィックデザイナーの原研哉さんの
日本文化の解釈。

切り口が鮮やかで、語り口が丁寧で、
すばらしく分かりやすく、面白い!感動!
(Rymさん>ありがとうございます。)

それにしても、伊勢神宮が20年に一回
まるごと建て直されているとはシラナンダ。
パチンコ台に見立てた地図の読み方は目から鱗!
横を縦にする。中心を変える。どこから見るか。

・シンプルではなくエンプティネス。
・「やばい」ところにもいる神さま
・空っぽ=満たされる「可能性」そのものとしてある
・「かもしれない」に手をあわせる
・「更新」することで保存。
・コップ自体ではなくコップの中身をバトンタッチ。
(→ドーナツそのものでなく、ドーナツの穴を受け継ぐ?)
・生物の進化=更新の仕方。読み違い
・交差点ではなくラウンドバードという形
・大陸文化の「受け皿」だった日本
・応仁の乱、リセット、ミニマリズム
・わびさび。
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by sachiolin | 2010-02-12 19:36 | 引用:: | Trackback | Comments(5)

日常ブロック・3

今年の冬は、格別寒くて暗くて、参ります。
本当に心身ともに、参っているのが分かる。
こんなに冬を厳しく長く感じるのは、
こんなに春が待ち遠しいのは、
ドイツに暮らしてはじめてのこと。

今日も一日終りました。
明日も一日始まります。


日常に非常なる無常を感じる。
日常ブロック、3つ目無駄に更新。


今日は、ものすごく寒かった。珍しく、ビルの谷間というものを歩いたので、ビル風が吹き荒び、体感気温はマイナス15度くらいだった。たまらない。用事が終わり、友人と待ち合わせをして、坦々麺をいただいた。濃厚なスープで、体の芯からほかほかした。美味しいものを美味しくいただくと心もほかほか

帰りのバスで、「あぁ寒い寒い!!」と初老の女性が黒いオーバーに黒いマフラーをマチコマキにして入ってきた。私の右斜め前に座ったその姿は、湯婆婆に似ていた。そういえば、指揮者のロリンマゼールも湯婆婆にそっくりだよなぁと失礼なことばかりが思い浮かんだがちょっと愉快だった。私って、悪い。

立松和平さん、亡くなられたのか。。あの優しい瞳と実直な語り、好きだったなぁ。ご冥福をお祈りいたします。

隣りの劇場に弾きに行った時、仕事の乗り番表を見ていたら、「Apfel(りんご)」さんという名字の方がいた。なんてかわいいお名前!ヴィオラを弾いているのにGeiger(ヴァイオリニスト)という名前の人もいた。人生間違ったと自分で笑っていた。笑。バッハは小川さんなのだ。突然親近感が。

今日はいろいろな人とじっくり話す日だった。ダンサーのキハコちゃんとは、気付いたら2時間半も話していた。驚。。 書きたい/書かねばならないメールと文章がたまってきてしまっている。きちんと書きたいと思うから、どうしても時間がかかってしまう。申し訳ない。。

今日は、それと、道端で、手袋を何度もみかける日だった。片方だけ。3度も。一つは大人用で2つは子ども用だった。3度目はマタデスカ?!と流石に驚いた。毎度、ストーリーを考えてしまった。落し物を見ると、いつもそこからなにかを連想してしまう。

口角炎だったと思っていたのは口唇ヘルペスだったのかも。かさぶたになって治りかけるのに、食事のときに出血(痛い・・・食べにくい・・・)を1週間ほど繰り返したが、今日はやっと治りそう??来週は仕事が少ないからきちんと休んできちんと食べて体力回復しよう。

最近道行く犬に、じっと見られることが多い。今日なぞは、先を行く犬なのに、思い切り振りかえられた。何度も何度も。追い越すときに、にこっとしたら、犬も、にこっとした気がする。

うちの洗濯機は少しだけ壊れている。脱水をした直後なぜかまた水が入りそこで終了する。ということで、脱水のグイーンという音が、ほんの少し落ちた瞬間に手動で元のスイッチを切る。しかし今日は雑務に追われ、脱水の間に、他に気を取られ、その瞬間を逃し続け、5回くらい無駄に脱水をした。あぁ。。

仕事の前にちゃっちゃっちゃと干して、帰って来てみたら、もうかなり乾いているではないか。どれだけ乾燥しているんだ、この国は。お肌の調子も悪くなるわけである。

今晩はファルスタッフだった。今日の席は、壁側だったので、指揮者の目を盗んで、舞台を結構見た。というか、大切なところ以外は指揮者は見ていなかった。アレ・・・笑。演出、衣裳ともにとても素晴らしくて、感激した。演出家はSpuckという現役振付家。ひとことでいうと生命力にあふれた舞台。


フィガロの結婚で夫の浮気に悩んでいた伯爵夫人が、今晩は三つ編みでかわいいワンピースを着て森にさまようグレーテルになっていた。何か…スゴイナ。そして、楽屋裏の吹き抜けで、外の寒い風の中、魔女がすごい格好をして、脚を組んで煙草を吸っていた。舞台裏を見てしまうと何か…スゴイナ。

いい役者さんは、透明。だから、化けることができる。色んな色になる。  プラスマイナスの振れ幅が大きいから、いい役者さんほど無意識のうちにor意識的に「ゼロに戻る」っていうことを丁寧にしているのだろうと思う。  オートマ車じゃなくて、マニュアル車。


今日仕事に向かう途中で、「公衆電話を使う人」を見かけて、そこに公衆電話があったのだと初めて知った。というか意識した。毎日通っている道なのに。見えているものと見えていないものの不思議。それにしても、公衆電話自体がなんだか、懐かしい・・・ 今は人の声を持ち歩いている時代。
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by sachiolin | 2010-02-10 11:24 | 常・ | Trackback | Comments(0)
穴を掘ることと地下水について、再び考える。

埋もれてしまう穴と埋もれない穴、
残らない穴と残る穴の違いはなんだろう。

下に掘ってばかりいないで、たまにはみずから
地上に出ることも必要なのかもしれない。

見る・見られる。聞く・聞かれる。 

自力でよいしょよいしょと上がるより、
地下で横でつながった地下水脈の水圧で
上にふわっと上がるのが一番楽しいけど。


音楽というのは、楽譜として残されているが、
それが弾かれなければただの紙切れでしかない。
弾かれなければどんなに深い穴も埋もれてしまう。
モーツァルトが何百年と愛され続けている、
演奏され続けているということの意味。

地上から地下を眺めること。
地下から地上を眺めること。
「行き来」すること。


伝統を守る、受け継ぐというのは、
地下だけで楽しむことではなく、地上と地下を行き来して、
深く掘られた穴を保存すること。地上へお知らせすること。

演奏するというのも、表現するということも、
芸術というものも、根本的には、
そういうことなんだろうと思う。

だから、地上で、その紙切れを受け取って
ただそこで弾くのではなく、
みずから掘り進んで、その紙切れを
とりにいかなくてはならない。
同じ紙切れでも、地上から覗いていただけでは、
分からないものがきっとある。地下にいってみないと、
分からないことがきっとある。自分の足で自分の手で掘り進む。


地層は、下から重なっていく。
地面は過去。掘ることは現在。

掘り進むことは、現在から過去に戻ることであり、
未来につなぐことでもある。
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by sachiolin | 2010-02-02 08:41 | 考〇 | Trackback | Comments(3)