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わたしの心の風景メモ。 


by sachiolin
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ある方のつぶやきから、この演奏を知った。
なんと美しい音色、なんと美しい音楽。
映像もなんともすばらしい。

観ながら聴きながら、不思議な気持ちになった。
自然は人間の心の深遠を映し出している。
人間の心は自然の深淵を垣間見る。
あぁモーツァルトの音楽は天からの贈り物。



人間は大自然に比べてなんとちっぽけなものだと思っていたが、
そのちっぽけな人間の心というものは、よい意味でも悪い意味でも
いかようにも変化する、いかようにも大きくなる。
その心がときに人を殺しもし自然を殺しもする。
自然のなかに心があり、心のなかに自然がある。 
美しくもあり、おぞましくもある。
じっと見つめて、「手入れ」をせねばならない。
見つめるには覚悟がいる。自分の中の影を見つめる覚悟。


体はいつも正直で、
心はときに嘘をつく。

体は有限で、心は無限である。

二つの間でバランスをとる。
二つの間で生きる。

心があまり先行しないこと。
心があまり行き過ぎないこと。
迷ったときは体に戻ること。

体がシグナルを出している時は
体を休め、心を休めること。



今日の言葉*
「この世は涙の谷である」
(聖書)
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by sachiolin | 2010-01-30 09:48 | 観■Musik

道∺モーツァルト

「多くのことをなす近道は、一度にひとつのことだけすること」

(モーツァルト)
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by sachiolin | 2010-01-30 09:23 | 道∺

道∺ルソー

「慣習とは反対の道を行け。
 そうすれば常に物事はうまくいく。」

(ジャン・ジャック・ルソー)
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by sachiolin | 2010-01-30 09:22 | 道∺

道∺マキアヴェッリ

「天国へ行くのに最も有効な方法は、
地獄へ行く道を熟知することである。」

(マキアヴェッリ)
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by sachiolin | 2010-01-25 09:58 | 道∺
田口ランディさんの日記より。
一日一悪のススメ。

むぅ。これは奥が深い。
いじわるばあさんがなぜ必要なのか。
今の自分には、まだはっきりと分からないが
非常に大切なことが目の前に出されていることは分かる。

最近読んでいる、河合隼雄「影の現象学」の中の
「影をとりこむ」という言葉が、ずっと心の網にひっかかっているが、
少し似たことを言っているような気もするが、分からない。

最近ずっと、「光と影」についてもやもやと考えている。
毎日毎日ほとんど曇り空だが、ごくごくたまにお日様が
出ると、道にできた黒々と動く影を見つめながら
また、もやもやと考える。夜道で照らされる自分の影は
またいろいろと、ものを語ってくる。

会っていて、話していて、面と向かっていて、
光を感じる人と、影を感じる人がいる。
光に照らされて自分が明るくなる。
影を見つめて自分の影と光を知る。 


自分は光にも影にもなる。
自分の中には光と影が同居している。


今の自分は、光よりも影が多い時期だ。

だから余計に光がまぶしい。憧れすら抱く。 
夜になると心が落ち着く。夜の闇は全てを包み込んでくれる。
それでも、朝がくる。それでも、夜は明ける。

影を深く感じているということは、
その反対側に強い光が発しているということなのだろうが、
まだそのありかがわからない。


気分的には、できれば、1週間くらい、いや1ヶ月くらい、
自然の中に身をまるまる浸し、山の奥にでも籠って
心を浄化したいがそうもいかない。今は生活をしなくてはいけない。
外に出れば、外に出たで、自然と器用に光を発してしまう
自分がたまにこわくなるし、嫌になる。というか、変に消耗する。
いや、もしくは、光を発する人と出会うから、その光が
自分に反射して、ただそれがまぶしいのかもしれない。

そういえば、映画監督の溝口健二さんは、役者指導といえば、
「反射させなさい」と、ひたすら繰り返していたらしい。


自分で、よい光が自然と発せられないときは、
そこに立ちすくんで、自分を照らす光を、反射させればよいか。

光の中で、じりじりと充電中。
闇の中で、パチパチとスパーク中。
心の中で、どろどろと渦巻き中。

自分っていう人間がこわくなる。
自分っていう人間が更新される。

自分の知らない自分を知っていく。
自分の知らない自分が更新される。

一日一悪か。



今日の言葉*

「バンバラ族では住民はそれぞれ二つの精神的な原素、
すなわち、魂(ニ)および影(ディア)をもっているという。
ニは息であり、人の睡眠中に浮遊して歩く。
ディアはその人間と対をなす双生児で、地の上では影となり、
水上では水影となる。胎児はこれらの二とディアを親族集団中の
最近に死んだ成員から受けつぐ。人が死ぬと構成要素が分解され、
ディアは神と共に水に還り、二は家長によって家族の祭壇に合祀される」

(河合隼雄「影の現象学」より)


今日のドイツ語*
der Schatte;(英shadow)
fabelhaft;すばらしい、寓話の、伝説の。すごく、非常に。
→die Fabel;寓話、作り話
verwehen;吹き飛ばす、吹き消す、消えてなくなる。
・「Vom Winde verweht 風と共に去りぬ(Gone with the wind)」
←←wehen-wehte-geweht;(英 blow)



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by sachiolin | 2010-01-22 09:34 | 引用::

観■The White Ribbon

今年初めての映画観賞。
Michael Haneke監督はこの作品で
2009年度カンヌ映画祭でパルムドールを受賞。


何だかものすごかった。おぞましかった。
おぞましい後味が舌にべっとりと残る。
2時間半があっという間だった。


第一次世界大戦直前の、
ドイツ北部のある小さな村でのお話。


子どもと大人。規則と罰則。道徳と倫理。
ファシズムの臭い。死体の臭い。
馬の死体。鳥の死体。人の死体。
死んだ足。死体の静けさ。蝿。
男爵と農民と医師と牧師。
目の下のクマ。そばかす。涙。
結われた髪。乱れた髪。
家の中と家の外。家庭と社会。
真実と嘘と弁解と懺悔と黙秘。
白。純潔、雪、無垢、リボン。
真夜中の階段。ドアの音。床の音。
人間。動物。植物。



世界の切り取り方と映像の動かし方が、すごかった。
どのシーンもどのカットも乾いた不思議な美しさがあり、
非常に良質の写真を見ているようだった。
映画を一時停止して写真集が作れそうだった。
映画が動き続けているのではなく、写真が動き続けているようだった。

「弾く」というよりは、「聞く」ように弾くように
「撮る」というよりは、「見る」ように撮っている
撮り手の独特の感性を感じた。


小学生の頃、祖父が死に、お葬式で、
死に顔を初めて見たときのことを思い出した。
死というものがなにか分からなかった私は、
お葬式で集まった人々の間をすり抜けて
遊んでいた記憶がある。骨壷に、お箸で
すかすかになった骨を注意しながら入れた。
サラサラと音を立てて、全てが小さな壺におさまった
ことが不思議でならなかった。「儀式」を経て、
地上で歩き回っていた人間が地下に埋められた。
墓石を掃除し、水をあげて、拝んだ。
全てが不思議でならなかった。

今でもどこまでいっても死は不思議のまま。


「Muessen Alle sterben みんな死ななきゃいけないの?」
「Ja そうね」
「wirklich alle? ほんとにみんな?」
「Ja そうね」


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by sachiolin | 2010-01-16 05:58 | 観■Film

しんみりとヨハネス。

なんともはや、年末年始は本当にずっと
弾き続けているような気がする。
12月から今まで何回本番があったかと
数えてみたが、28回あった。その合間に
違う演目のリハーサルが入ったり。

水泳でいうと、息継ぎをしないまま、
(できたとしても、ほんの一瞬)
ずーっと泳ぎ続けている感じ。

ちょっと岸に上がって、日光浴でもしたいな
体を休めたいな、という気分もする。
一年の疲れが何となく残ったまま、
新年が淀みなく始まってしまった。


しかし、周りをみると、自分より一回りも二回りも
上の同僚が、普通の顔をして弾いていて、恐れ入る。
なんというスタミナ!なんという体力!尊敬。
オペラハウスの仕事は、遠泳。マラソン。
これを何十年と続けるって想像を絶する。
それともこれも慣れるものなのだろうか。

音楽を仕事にしている人たちは、皆若い気がする。
多分、音楽が人を若くするのだろうな。


最近、同僚のヨハネスと私は、異様に仲が良い。
笑いのツボが一緒で、二人で通じ合うネタがいくつかあって、
オケピットの中で、それがどんどん発展していっている。
まるで夫婦漫才のようだ。芸人か私たちは!いや、ある意味芸人か。

しかし、はたと気がついたが、彼は自分の父親くらいの歳なのだ。
すごいことだ。こんなに笑いのツボが一緒だななんて。
こんなに楽しく一緒に弾けるなんて。私が老けているのか。
彼が若いのか。おそらく、どちらもだろう。

今日、ふと思った。
歳が離れていても、こうして心が通じ合い、
音楽を共にする、時を共にする、というのは、
なんて素敵なことだろうかと。
なんて貴重なことだろうかと。


「夏、私が日本に帰ったら、もうヨハネス、
このネタ使えなくなっちゃうね。
さびしくなるね。」

「そうだね。ほんと、さびしくなるね。」


親子なのか、夫婦漫才なのか、なんなのか。
帰り際、やたらと、しんみりした、我らであった。



今日の言葉*
「心血注いでも駄作は駄作、鼻歌混じりで描いても傑作は傑作」
( 藤子・F・不二雄)


今日のドイツ語**
wittern;(獲物などの)においをかぎつける。感付く。
→die Witterung;天候、におい、嗅覚、予知能力、勘。
・eine feine Witterung fuer et4 haben.
(~に対する勘がさえている)

betruegen-betrog-betrogen;欺く、だます、裏切る。
・Meine Ahnung hat mich nicht betrogen.
(私の予感は当たった)
・Sie hat ihren Man betrogen.
(彼女は浮気をした)
→der Betrug;詐欺、ごまかし、欺瞞、策略。

verraten-verriet-verraten;(英 betray)
裏切る、的に売り渡す、告げ口する。(機密を)漏らす。
本心を表す。(無意識のうちに感情などを)表す。
・Sie verraet nie,was sie fuhlt.
(彼女は感情を決して外に出さない)
・Ihr Akzent verraet sie.
(アクセントで彼女の出身が知れる)
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by sachiolin | 2010-01-12 08:01

道∺シェイクスピア

「あれも、いつかは死なねばならなかったのだ、
一度は来ると思っていた、そういう知らせを聞くときが。
あすが来、あすが去り、そしてまたあすが、
こうして一日一日と小きざみに、時の階(きざはし)を滑り落ちていく、
この世の終りに辿り着くまで。いつも、きのうという日が、
愚か者の塵にまみれて死ぬ道筋を照らしてきたのだ。
消えろ、消えろ、つかの間の燈し火!
人の生涯は動きまわる影にすぎぬ。
あわれな役者だ、ほんの自分の出場のときだけ、
舞台の上で、みえを切ったり、喚いたり、
そしてとどのつまりは消えてなくなる」

(シェイクスピア「マクベス」より)
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by sachiolin | 2010-01-11 00:40 | 道∺

道∺武者小路実篤

「自分の力に合うことだけしろ、その他の事はおのずと道が開けてくるまで待て。」

(武者小路実篤)
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by sachiolin | 2010-01-06 21:39 | 道∺

道∺岡本太郎

「私は、人生の岐路に立った時、いつも困難なほうの道を選んできた。」

(岡本太郎)
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by sachiolin | 2010-01-06 21:37 | 道∺