sachiolin.exblog.jp

わたしの心の風景メモ。 


by sachiolin
プロフィールを見る
画像一覧
カレンダー

<   2009年 09月 ( 12 )   > この月の画像一覧

Jiri Kylianの衝撃

自分の内を見つめてみて、ふと浮かび上がってきた
あるひとつの鮮烈な出来事を、ここに記しておきたい。



もう何か月も前のことになるが、私は初めて
Jiri Kylianという振付家の作ったダンスを観た。

それは、衝撃的だった。
全身を突き抜けるような衝撃だった。
伊藤若冲の絵を初めて観たときの感動に似ていた。


ダンスというものに興味を持ち始めた私は、
わくわくしながら席に座った。運よく1階席をゲットした。
舞台も客席も暗くなって、ふわっとダンサーが
舞台中央に浮かび上がって、踊り始めた。

始まって3秒で、強く引きつけられた。
始まって3秒で、何かが違うと感じた。

それは、今までに見たことないようなダンスだった。


ダンサーがそこで確かに踊っているのだが、
なにかに、なにものかに、動かされ踊らされているのだった。



ダンサーたちは、植物のようにも、動物のようにも、
亡霊のようにも、精子のようにも、受精卵のようにも
愛する男女のようにも、水のようにも、火のようにも見えた。

いくらでも勝手に変化した。
そこで踊っているダンサーたちは、
明らかに人間という枠を超えていた。

ダンスも明も舞台装置も音楽も、
全てが溶け合いぶつかりあい、
ひとつの巨大な何かができあがっていった。

自他の境界線が全く消えている。
自他が、世界が、完全に見事に融合している。

見ているわたしは、そのなかに、その世界に、
ただ身を委ねるだけだ。吸い寄せられるだけだ。

全てが、共に、そこに在った。
共時性を、強烈に感じた時間だった。


見終わったわたしは、抜け殻になった。
空っぽだった。空洞だった。
自分という入れ物の中に、ぎゅうぎゅうに
押し込まれていたたくさんのものが、
一気に、吸い出されて、立ち尽くした。


あぁ。今、あのダンスを、Kylianの世界を
いまいちど、体験したいものだ。



こうして実際に映像で見直してみても、
ライブで感じるものの、百分の一にもならないのを
感じずにはおれないが、こうして見られるだけでも
幸せなことだ。挙げたらきりがないが、少しだけ。


●Gods and Dogs(わたしが観た演目)






●Bella Figura(リハーサル)

この映像を何度見たことか。
何度見ても、飽きない。
何度見ても、沢山のことを学ぶ。
Kylianの澄んだ瞳と言葉は、深い。
mind body head life・・・のつながりかたは、
ずっと私のなかで深いテーマである。
彼の作るダンスには、「正確な」リズムや「正確な」テンポというのは
存在しない。生き物が生きているうえで感じる、バイオリズムのような
呼吸のような、本当に自然な波の上で、「動き」が動き続ける。
英語が専門の友人が英文に立ち上げてくれたので、
下に転記させていただきたい。ありがとう、ともちゃん。


--------------------------------------------------

You know, the older I get, I don’t come in to the studio with preconceived ideas. It is impossible.
So, I try to create an atmosphere in which everybody participates in the creation, rather than me, imposing them, say “do that, do that, do that.”.

When I was very young and extremely insecure, then, I worked out everything at home and knew that everything worked perfectly when I told the dancers what to do. This is of course the most boring way of creating.
To share the experience and to have the input of the dancers, it makes the choreography richer and makes it more fun. And that’s what we have done. Everybody participating, and everybody thinking in one way, and everybody believing that we are making something that is worthwhile.

So you need to have all these ingredients. Of course, I have some general outline of the work, but through improvisation of the dancers or through their sheer, creative input, the choreography happens to be what it becomes,
----------------------------------------

Yeah, it‘s very beautiful. You know, when you do this, imagine that your mind and body is not connected. So, in your body you’re in a certain time but in your head, you’re in another time. So, you’re constantly are not connected to your body and to your life. Ok? Something like that.


●Bella Figura

なんて美しいんだろう。





●Petit Mort








●Falling Engels

これも本当に大傑作だと思う。
土の上で鼓動する植物のようにも見える。
黒い衣装と黒い背景で、角度によって、
身体の部分が浮き上がって、独立して見えて、
それもすごく面白い。何度みても感心。




●Blackbird


[PR]
by sachiolin | 2009-09-27 08:30 | 観■Tanz

かけら◆10

日々思いついては消えていったり
日々他からもらってはためていったかけらを、
たまに書いていこうかなと。

本日10回目の試み。

基本的にごちゃごちゃのメモなので、
あしからず…。
ごちゃごちゃが、いつかどこかで
繋がったりしたら面白いなぁ~


◆ひざで支え、肘で操作し、みぞおちで集め広げる
or
◆股関節で支え、手首で操作し、首の付け根で集め広げる

◆弓がすーっとまっすぐ引っ張られる感じ
◆弓の気持ちになってみる、弓とお友達になる
◆弓が動きたいように。弓に反抗しない

◆左肘でひょいっと音をとる。指でとらない。

More
[PR]
by sachiolin | 2009-09-22 00:23 | かけら◆
いつもお勉強になる内田樹さんのブログより
最近特にナルホドと思った記事を引用メモ。

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

More
[PR]
by sachiolin | 2009-09-19 09:05 | 引用::

道∺アインシュタイン

「人間としての真の偉大さにいたる道は、ひとつしかない。
それは何度もひどい目にあうという試練の道である。 」

(アインシュタイン)
[PR]
by sachiolin | 2009-09-19 04:15 | 道∺

バナナ ¶ 2006.6.22

ひさしぶりに絵を、何となく更新。

本当はブログにもっと惜しげもなく
写真などもどんどん貼り付けたいものだと
思うのだが、画像容量というのがあって、
既に半分くらいになっているので、
どうしてもちびちびペースになる。

まぁ一杯にになったら、ブログ自体を新設して
お引っ越しすればよいのか。

いや・・・。

それって結構面倒ダゾ。
カテゴリーもまた全部作りなおしたりして。
エキサイトブログって、コメント欄も制限が
あるし、そこらへんがちょっと残念。
有限なるかな。


さて。絵。

微妙な色の変化と、微妙な湾曲具合を
描くのが楽しかったのを覚えている。
つんと指でつつくと、ゆらゆら揺れて、
ゆりかごみたいなバナナくんよ。

今日も仕事の合間に私に栄養を
与えてくれて、ありがとうよ。



c0110074_186322.jpg

[PR]
by sachiolin | 2009-09-14 18:06 | 描¶ Wachsmalstift

「仕事」について。

仕事というのは、「距離感」と「危機感」が
大切だなと、最近よく楽器を弾きながら考える。


仕事のできる人ほど、人との距離も、
出来上がっていく仕事の中身との距離も、絶妙だ。
基本的に少し遠くから世界を見ているあの感じ。
近づきすぎず、かといって、遠すぎず。


例えば、画家や彫刻家のように、
一人の世界に没入していくような「仕事」も、
勿論あるが、そういう孤高のアーティストでさえ、
一流の人になると、やはり、対象物との距離感、
そして自分との距離感が絶妙なのだと思う。

近づいては離れて近づいては離れて
ひとつの絵が完成していく。


ましてや、社会やシステムに属していれば、
「仕事」というのは、決して単体、単数の力で成り立つものは
なにひとつなく、必ず、そこでは他との関係性がうまれてくる。

ばらばらの点が、線になり、面になり、立方体になりというプロセスは、
他と距離をうまく作るということの、連続性そのもののようにさえ思える。
いくらたくさんの点があったとしても、同じところに重なってしまったら、
どこまでいっても、ひとつの「点」でしかないわけで、
実際に仕事というのは常に生き物のように変化するものだから
それには、「動ける点」であることが大切で、
つまり、動けるだけではだめで、必要に応じて、
じっと動かないこともできる「点」が、求められる。

頼りすぎず、引きずられず、けれど、信頼して、委ねて、助け合う。


こうしたいああしたいと、理想や希望を並べて夢見るのは
簡単だが、実際に、なにかを形作っていくときに、
上ばかり見ていては、なにも出来上がりはしない。
プラスのことばかり考えて、それを足し算していくのではなく、
マイナスが発生したときに、それをまず、いかにゼロまで持っていけるか、
そしてそれから、マイナスをいかにプラスに変えられるかというのが
大切のように思うし、実際に仕事をしていると、マイナスは
ちょくちょく発見され、ちょくちょく生れるものなのだ。
ゼロから+5に積み上げることよりも、
-5からゼロにすること、穴を埋めてきちんと地面を均すことのほうが、
よりエネルギーも技術も忍耐も要ることだと思う。
そして、平地から単に積み上げたものよりも、
穴ぼこを埋めてから、その上に積み上げたものの方が、
一見同じものでも、より深く、より確かで温かい。
そこに目がきちんといくか、そして見逃さないかというのが、
プロフェッショナルかどうか、ということの証でもあり、
同じ危機感を持っているかということの確認だとも思う。
危機感というのは、どこまで積み上げたいか、どこまでのものを
作りたいか、どこまで進んでいるのか、このままでは、ヤバイですよね?
という一種の共同認識であり、ある意味、距離感とも言えるかもしれない。


まぁそんなことを、もごもごと考えながら
自分の立ち位置を確かめながら
日々これヴァイオリンをきーこきーこ弾いている。

今日は、ある人の、仕事に対する姿勢がイイナと感じた。
その人は、特別オイシイ仕事をしているわけではなくて、
どちらかというと、ノコリモノ的なものを、任されているわけだが、
その人の、なんともいえない、まっすぐな仕事の態度に、
何だかわからないが、私は、心がふわーんと温まった。
こういうのを、「誇り」というのだろうと思った。
その人は、そう、「誇り」を持ってその仕事をきちんとやっているのだ。
オイシイ仕事やオオキイ仕事を、えへんと威張ってやってる人より、
ノコリモノ的仕事やチイサイ仕事を、きちんと愛情をもってやっている人の方が、
私は100倍尊敬するし、100倍素敵だと感じる。
その佇まいが、とても素敵だと感じる。


「小さい単位を大切に。」

そうだそうだ、マイテーマだったではないかと、
その人を見て、思い出して、また引き出しに大切に仕舞った。


歌劇場に毎日出入りしていると、本当に沢山の人々が
働いているのが分かる。オモテに出てくる人というのは、
全体からみるとごく一部であって、実際にはたくさんのウラの人がいて、
成り立っている、ひとつの舞台であり、ひとつの本番なのだと
つくづく感じる。いくら自分がオモテに出ていたとしても、
どこかできちんとウラを意識できていなければ、
その人のオモテ具合は薄っぺらいものだと思うし、
自分は絶対そうはなりたくないと思う。

オモテの人でも、ウラの人でも、
「誇り」を持って、自分の仕事を丁寧にやっている人
というのは、目を見れば分かる。
挨拶だけを交わして、名前は知らない人というのが、
たくさんいるけれども、お互い話さずとも、名乗らずとも、
ハローと言葉を交わす度に、私は、少しずつ少しずつ
温かなものをその人たちから貯金させてもらっている。


私も、静かな温かな誇りを持って、
毎日を大切に過ごしていきたいナと思う。
今日という日は二度と来ないのだから。




今日の言葉*

「短い一生で
心魅かれることに
多くは出会わない
もし 見つけたら
大切に 大切に」

(星野道夫)


今日のドイツ語**
扁桃腺;die Mandel
←アーモンド
der Stapel;堆積
→stapeln;積み重ねる
praezis;英precise ≒genau,exakt
irdisch;英 earthly≒weltlich ⇔himmlisch
・das irdische Pradies;この世の楽園
→→der Himmel;英heaven
諺・Es ist dafuer gesorgt,dass die Baeume
nich in den Himmel wachsen.
(ものにはおのずから限度あり<<<樹木が天まで
達しないよう配慮されている。)



今日から新コーナー。
今日の音楽***
Jacques Loussier+Bobby Mcferrin
何度見てもすごい。。かわいい音楽の妖精たちが、
彼らの周りでひよひよと飛んでいるのが見える感じ。
なんなんだこの空間は。わたしもここにいたかった!
[PR]
by sachiolin | 2009-09-12 07:57 | 考〇
最近は朝晩は随分と冷え込むようになった。
コートを着ないと、寒いほどの日もあるくらいだ。
日中は夏のように暑くて半袖で過ごせても、
オペラの仕事をして帰ってくると、23時を回ることも
多いので、最近は、服装に気をつけている。

ドイツに来てから、お肌の調子が悪い。
このひどい乾燥だもの、仕方もあるまいとも
思うのだが、ピンポイントに、目の上のところが、
かさかさしていて、困っている。最近なんか顔が
変わったなぁ、目が小さくなったなぁと思うのに
それに加えてこの乾燥で、かさかさ感、プラス
目が腫れぼったくてブルーになる。
もともとアトピー体質なのだが、その記憶が蘇るようだ。
先日、手の痛みが再発し、嫌な記憶を、
体が思い起こして、そちらに、ずりずりとひきずられた。
それに伴い、心までずりずりとひきずられた。
あれは、実に不思議な感覚だった。
形状記憶シャツみたいに、体というのも、
そういう記憶をどこかで持っているのだと確信した。

嫌な記憶を、ぬぐい去ることは、きっとできないからこそ、
こういうときは、新しい感覚、新しい記憶で、
新しい体を整え、作り治し、新しい風を自分の中に起こすのが、
大切なのだと思う。演奏家というのは、つくづくスポーツ選手と
同じだと感じる。体を整える事、体と会話する事、それが常である。

食べることも、もう少し気をつけねばと思う。
よい材料を使って、自分で作る料理が、やはり一番体にいい。
料理は、得意ではないけれど、自分のためにも勉強していきたい。

如何せん、ドイツにいると、不思議と、脂分をとりたくなる。
これだけ乾燥していると、やはり体がそういうものを
自然と本能的に求めるのだろうなと思う。
チョコとか、チーズとか、そういうものは日本では
そんなに食べないのに、こちらだと気づくと手にとっている。
その地で生きていれば、風土に合った食べ物を、
体に必要なものを、人間は自然にとろうとするし、それが正しいと思う。
でも一方で、いくらドイツに暮らしていようと、
日本人であることを忘れてはいけないとも思う。
やはり、ご飯にお味噌汁、というスタイルで、
きちんと自分の軸を戻す事をしないと、体がいつか悲鳴を上げる。
ドイツ食だけでもだめだし、日本食だけでもだめ。
なんでもバランスってもんが大事だ。

昨晩はそんなわけで、段ボールの中から、
インスタントのしじみ汁なぞを発見し、
夜な夜なひとりで味わった。
これぞ至福の時。
ごくりとお味噌汁を口に入れた瞬間、
すーーっと体が癒されるのを感じた。
「嗚呼、我、日本人なり。」

しじみ汁を味わった後、絵が描きたい気分になって、
久しぶりに、クレヨンと画用紙を引っ張り出した。
小一時間。夢中になって色を重ねた。
久しぶりすぎて、いまいち調子が出なかったけど、
出来上がった花瓶を見ながら、今の自分とゆっくり会話した。
なんか、すこし、すっきりした。最高の気晴らし。また、描こうっと。


今日の言葉は、野口晴哉語録より。
本当にこの方はスゴイ方だなと、思う。
言葉がまっすぐで、ど真ん中直球で、
時を超えて、ずどーんと心に響く。
何を以てして「健康」というのか、「生きる」というのか、
「死ぬ」というのか、よくよく考えさせられる。
風邪の効用は、おススメの本。


今日の言葉*

「養生とは無事を保つことではない
養生は無理を無理なく用うることだ
無理のない養生は不養生の一つだ
護ることもとより大切だが 鍛えることはもっと大切だ
鍛えるということの出発点は心にある
行為そのものに鍛えるということがあるのではない

断食して丈夫になる人あり 餓死する人あり
食いたくとも食わぬ人には断食は健康法になり
食いたいのに食えぬ人は餓死する
生と死の境『わ』と『え』のみ
養生の第一歩は心の『わ』と『え』を切替えることにある
『え』から出発した如何なる行為にも鍛えるということは含まれてはおらぬ
『わ』から出発した如何なる行為も人間を鍛える」

(野口晴哉)
[PR]
by sachiolin | 2009-09-09 21:25

友人のCD発売!

パリを拠点に活躍するピアニストの友人が、
この度、こちらのカルテットとCDをリリース
ぜひお買い求めくださいませ。

彼女のことは、間接的には知っていたけれど、
きちんと知り合ったのは、何年か前のドイツ。
大学の勉強仲間の卒業試験のお手伝いで、
室内楽の演奏で、パリから駆けつけてきていたのでした。
彼女の、下から上に湧きあがり包むような、
まあるい、温かな音と、その重厚なアンサンブルを
今でもよく覚えています。う~ん、素敵だったなぁ!
あの時確か私は右手を故障して、全く楽器が弾けない状態
だったから余計に、彼女たちの熱い演奏に、
音楽の素晴らしさに、ひとりで激しく涙を流していました。

More
[PR]
by sachiolin | 2009-09-05 07:30 | 告知∮Anzeige

Theaterfest

明日は、シーズン始まり、恒例行事のTheaterfest.
劇場内部を自由に探検できて、毎回大人気。
観客の方に、歌劇場に親しみを持っていただくためにも、
こういうイヴェントは大事だよなぁと毎回思う。
大道具部屋、小道具部屋、スタジオ、
鏡に囲まれたバレエのリハーサル室
オーケストラリハーサル室…歌劇場というのは、
実に沢山の部屋があるものだ。

14時からそれぞれの部屋で、催し物が開催される。
バレエの公開リハーサル、タンゴの公開レッスンに
演劇のワークショップなどなど盛り沢山。
オーケストラ団員は、14時半から18時半まで
OPR(orchesterproberaum)で、30分ずつ
入れ替わり立ち替わり、室内楽を演奏する。
私も15時からカルテットでラグタイムなどを演奏。

19時からはGrosses Haus(大ホール)で、
オペラ、ミュージカル、演劇、バレエの、
大きく4つのジャンルそれぞれの
今シーズンの主演目を少しずつ披露。

フィガロの結婚、ファルスタッフ、トルヴァトーレ、
ジャンニ・スキッキ、マイフェアレディ、Kiss me Kateなどなど。

こちらも無料なので、ぜひ遊びにいらしてください。
[PR]
by sachiolin | 2009-09-05 06:06 | 告知∮Anzeige
仕事場でイタリア語が飛び交っている。
12日のプレミエ公演に向け、目下、
ヴェルディのトロヴァトーレのリハーサル中だが、
常任の指揮者が急病で、急遽イタリア人の指揮者がゲストで
振ることになったからだ。先シーズンに一度だけ、
この有名歌手がゲストで歌ったときに、トスカを振ったのだが、
リハーサルなしでぶっつけ本番という状態だったにも
かかわらず、実に見事に大きな音楽を作り出し、引きだし、
あの時の感動は、新鮮な記憶として今でも残っていた。
そんなに有名ではないようだけど(?)、
こういう指揮者さんが、いるところにはいるんだなぁと、
案の定、毎日感動している。あぁ幸せ。

彼の指揮には、炎が見える。
それが直に伝わってきて、音楽に、私たちの心に火をつけてくれる。
すごく熱いのだ。普段ドイツ人と接しているからか、余計に、
「これぞイタリアン」というものに、触れてさらに新鮮。

More
[PR]
by sachiolin | 2009-09-04 07:49 | 考〇