sachiolin.exblog.jp

わたしの心の風景メモ。 


by sachiolin
プロフィールを見る
画像一覧
カレンダー

<   2009年 04月 ( 21 )   > この月の画像一覧

豚インフルエンザ。

ミュンヘン領事館からのメール。


******************************************


豚インフルエンザ                                                                        
2009年4月29日

1.ミュンヘン総領事館管轄内で豚インフルエンザの感染を確認
今朝、バイエルン州環境保健省はドイツ国内で初めて豚インフルエンザへの感染を以下のとおり確認したと発表しています。

バイエルン州環境保健省によれば、ロバート・コッホ・インスティトゥートの検査結果を受け、3名の感染の疑いがある者のうちレーゲンスブルク行政区の病院に入院している1名が、ドイツ国内で初めて豚インフルエンザに感染していることが明らかになった。同患者はメキシコ旅行中に感染し、一週間前にインフルエンザの症状を訴えて入院していた。旅行に同行したグループからはインフルエンザの症状は見つからなかった。危機対策本部メンバーは本日午前中にオーバープファルツに集まり、感染者に接触した人物を捜索する。

2.危機対策本部及びホットラインの設置
バイエルン州は危機対策本部を設置し、同州保健食料安全保障局は一般市民が照会できる以下のホットラインを設置しています。
+49-(0)89-32560-101 (10時~18時)

3.新型インフルエンザについて
新型インフルエンザとは、動物のインフルエンザウイルスがヒトの体内で増えることができるように変化し、継続的にヒトからヒトの感染がみられるようになったもので、このウイルスが感染して起こる疾患を新型インフルエンザといいます。
今般、メキシコや米国等で感染が確認された豚インフルエンザ(H1N1亜型)は、「感染症の予防及び感染症の患者に対する法律」第6条7号に規定する新型インフルエンザ等感染症に位置づけられたところです。

豚インフルエンザがヒトに感染した場合、発熱、倦怠感、食欲不振、咳など、通常のインフルエンザ症状があらわれます。また、鼻水、咽頭痛、吐気、嘔吐や下痢などの症状を訴える患者もいます。

4.感染防止策
下記の点に留意し、感染防止に努めてください。
(1)十分な水・食糧の備蓄を行い、不要不急の外出は控える。
(2)外出する際は人混みを避ける。また、咳やくしゃみ等による感染を防ぐため、マスクを着用する。
(3)積極的に手洗いやうがいを行う。
(4)ウイルスは粘膜を介して感染するので、口、鼻、目などの粘膜部分に手で触れない。
(5)発熱や咳などインフルエンザと似た症状がみられた場合には、現地の医療機関を受診する。

(問い合わせ先)
○外務省豚インフルエンザ相談窓口
電話:(代表)03-3580-3311 (内線)4625、4627、4629
○外務省領事局海外邦人安全課
電話:(代表)03-3580-3311 (内線)5140
○外務省海外安全ホームページ:http://www.anzen.mofa.go.jp/
(携帯版):http://www.anzen.mofa.go.jp/i/

(関連ホームページ)
○厚生労働省ホームページ(新型インフルエンザ対策関連情報)
http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkkaku-kansenshou04/index.html
○世界保健機関(WHO)ホームページ(豚インフルエンザ関連)
http://www.who.int/csr/disease/swineflu/en/(英語)
○農林水産省ホームページ(新型インフルエンザ関連情報)
http://www.moff.go.jp/j/zyukyu/anpo/buta.html1.
[PR]
by sachiolin | 2009-04-30 19:07

温泉でリセット。

今日は、後半の旅の計画を立てた。
もう、考えすぎると先に進まないので
勢いだけで立ててしまった。

父親の要望で、行先はとにかく三つ。
フィレンツェとローマとパリ。
これをどうにか線で結ばねばならない。

今までの自分の旅の経験を活かし、
格安航空券のサイトを可能な限り
開いて、あーでもないこーでもないと
比較検討すること何時間。
やっと決定。

フィレンツェに飛び、一泊。
電車でローマに移動。二泊。
ローマからパリに飛び、一泊。
パリから電車で帰宅。
次の夜、日本へ帰国。


だだだだだいじょうかな…。

フィレンツェとパリは行った事が
あるから、何となく見当がつくけれど、
ローマは私も初めてだし、治安も
よくないと聞くから少し不安。

でも、ローマは、色んな人に
是非行きたまえと何度も薦められているので
非常に楽しみである。折角いくなら、
文化や歴史など本を読んで勉強せねば。


それにしても、トリプルルーム
というものを初めて予約してみたけれど、
お買い得ぶりに思わず感動してしまった。
靴下三本セットで1000円みたいな感覚。
こういうの、たまらない。

ちなみに、今回使ったホテル検索サイトは
www.venere.com 地図が分かりやすく、
初めて行く場所は、特にそれが便利で
気に入っている。


旅行の予定が大体立ったので、
一路、三人で温泉を目指した。
広大な公園を歩くこと40分。
閑静な住宅街の奥にある、水着着用の
温泉プール。32度くらいの温い
温泉だったけれど、久しぶりに
ゆっくり泳いですごく楽しかった。
いろいろな気持ちを、すっきりと
リセットできて、最高だった。
昨日は一日中、なんとも言えない虚脱感が
全身を覆っていたが、今日は何だか
自分が根本的に進化できそうな、
世界がまた反転しそうな、
よい「予感」がしている。
よきかなよきかな。



初めて入る温泉プールは温めだけど最高。
体が弱くなった母親の手をとって
ぷかぷか泳がせる。隣りで小さい子が
お母さんに引っ張られて笑ってる。
いろんなことを思い出したり浮かべたり。


夜は、ベルクの「ルル」のゲネプロ。
明後日は、大事なプレミエだ。
温泉で体がほかほかになった私は、
異常な眠気に襲われながらも、
なんとか持ちこたえた。
仕事が終わったのは23時過ぎ。

家に帰ったら案の定両親は
ぐーぐー寝ていた。
歩いて泳いで疲れたね。



手を伸ばせば、そこにいること。
目を向ければ、そこで笑っていること。

たったこれだけのことが、幸せだ。
たったこれだけだからこそ、幸せだ。



今日の言葉*

「神様が大地と水と太陽をくれた
大地と水と太陽がりんごの木をくれた
りんごの木が真っ赤なりんごの実をくれた
そのりんごをあなたが私にくれた
やわらかいふたつのてのひらに包んで
まるで世界の始まりのような
朝の光といっしょに

何ひとつ言葉はなくとも

あなたは私に今日をくれた
失われることのない時をくれた
りんごを実のらせた人々のほほえみと歌をくれた
もしかすると悲しみも
私たちの上にひろがる青空にひそむ
あのあてどないものに逆らって

そうしてあなたは自分でも気づかずに
あなたの魂のいちばんおいしいところを
私にくれた」

(谷川俊太郎「魂のいちばんおいしいところ」)



c0110074_8484022.jpg

[PR]
by sachiolin | 2009-04-30 08:49
偶然通りかかったあるページ
大数学者、岡潔さんの掘り進んだ穴とその地下水は、
深く深く、それでいて、透明で澄んでいる。
ここで紹介されている図にも、驚き。
(4)知られざる晩年の境地は、特にかなり深い。
これを書かれた横山賢二さんに感謝。

熱が猛烈に伝わってきた。
はっきり言って、衝撃を受けた。

すごいすごいすごい。
これは、ちょっと、岡潔さんの本を
読み漁りたくなってしまった。


あ、明日オーディションだった…。
ちょっと練習せねば。ねばねば。
[PR]
by sachiolin | 2009-04-27 00:43 | 引用::
引用メモ。

クオリア日記より。
今回のこの文章は特に、ここ最近の自分と周りの
流れからいっても、鮮やかに心に映し出された。
いつものことながら、紐解きのきっかけを
与えてくださる素晴らしい日記。感謝。


===引用memo========引用memo========

人間の脳は、予想できることとできないことが
入り交じった偶有性に対して適応する
ようにできあがっている。

客観的には同じ状況でも、それを認知する主体
によって偶有性は異なる。

経験をたくさん積んでいる人にとっては
不確実性は少ないだろうし、
経験が足りない人にとっては時に
耐え難い不確実性が存在する。

偶有性は、主観的なものなのである。

不確実性に向き合うためには、
確実な安全基地(secure base)が
必要である。

Bowlbyの言うsecure baseは、
他者(care taker)によって与えられる
ものであるが、より一般に、
感情のシステム内で確実なものと
不確実なものとのバランスをとる
上での基盤へと概念を拡大することが
できる。

偶有性に向き合う過程で、
人間は時にバランスを崩す。

そのことが、一方では精神病理と言われる
ような状況にもつながるし、
他方では「天才」が生み出される
契機ともなる。

偶有性を抱きしめよ。
ただし、うまく抱きしめよ。

偶有性の海の中で、自分を見失ってはいけない。
もし見失ってしまったら、
海に漂っている、確実そうなものを
とにかくつかめ。

確実なことと、不確実なことの
バランスをとることを常に心がけよ。
[PR]
by sachiolin | 2009-04-26 20:31 | 引用::
ドイツに来て早6年。
やっと両親が遊びにきてくれた。
「感激屋さん」の二人は、いろんなことに
感嘆の声を上げたり、いろいろモノ申したりしている。
特に母親は初ヨーロッパなので、すべてのことに
目をぱちくりさせていて、それを横で見るのが面白い。

実はずっとずっと夢だった。
両親をこちらで案内すること。
嬉しいな、嬉しいな、嬉しいな。
オケピットから客席を見ると、
二人が手を振っている。
こちらも笑顔で手を振る。
嬉しいな、嬉しいな、嬉しいな。

この町も、私の家も、窓からの眺めも
とても気に入ってくれた様子。


相変わらず父と母は、
どうでもいい事で、すぐに喧嘩をする。
私はそれを見てクスクス笑う。

懐かしい懐かしい3人の空気。

こうして毎日一緒にいると、
ドイツと日本で遠く離れて暮らしていることの
真っ白なぽっかりとした空白が
一気に埋められるような感じさえする。




さて、明日はひさしぶりにオーディションを受ける。
ここ最近、やたらと楽器の調子がよい。
楽器の調整がうまくいっているのと、
すすめられたガット弦を試してみたら、
驚くほど音が変わった。

オーディションを受ける度に、「楽器がよくない
とにかく違う楽器を探さないと」と言われ続けてきた。
この楽器を買っておよそ三年。97年のクレモナの新作。
いろいろな条件や状況がいまやっとベストになって、
本当に響きのある丸みのある澄んだ音を見出した。
弾くことが、音を出すことそのものが、楽しくて仕方がない。

あぁ私は君と3年付き合ってきて、やっと君の本当のよさを
発見できたのだよ、浮気もしたけれど、やっぱり君は素敵だったよ。
明日も君を信頼して、君と手を取り合って、ひとつの音楽を奏でるよ。
どうぞよろしくお願いしますだよ。そんな気分。

楽器と私。
共に一緒に成長してきた。
共に一緒に一つの音を作ってきた。

楽器というあるひとつの「他」と私がまず溶け合い、
それを聴く人という沢山の「他」が丸く大きく溶け合い、広がる。
そういうイメージを明日は大切にしたい。

今日一日は、やっとこさフリー。

ゆっくりインプット練習をしよう。



今日の言葉*
「住みにくき世から、住みにくき煩いを
引き抜いて、有り難い世界をまのあたりに
写すのが詩である、画である。
あるは音楽と彫刻である。
こまかに云えば写さないでもよい。
只まのあたりに見れば、そこに詩も生き、
歌も湧く。着想を紙に落とさぬとも
キュウソウ(漢字が出ない。涙)の音は
胸裏に起る。」
(夏目漱石「草枕」より)


=========================================


過去の日記振り返りメモ。

去年の春、卒業試験の時の日記
手の痛みが再発して、それこそ崖っぷちで弾いたあの日。
いい経験をしていたのだなぁ、私は。感謝。
あれから、随分色々変わったなぁ。
楽器の構えも、音も、自分自身も。

世界は毎日変容していく。
私も毎日変容していく。



memo========memo=========memo======


本当の意味で賢い人、成長できる人というのは、
主観と客観のバランスがいい。

ここは田舎だから、散歩していると、たまに、
大空を悠々と飛んでいる鷲を目にする。
ああいう鷲が自分の中にいたらいいのになと思う。
自分を少し遠くから眺める自分。

1日目の試験では、主観が先走った。
2日目の試験では、客観が先走った。


成長するには、
全否定も、全肯定もないのだということ。
常に、どんな状況にも、良い事も悪いこともある。
人も、体も、物事も、人生も。

良いところは進んで見つけ、伸ばし、
悪いところは素直に認め、修復する。

良いところだけを見つめると、耳をふさぐことになり、
悪いところだけを見つめると、卑下し出す。

反省はしても、卑屈になるのはよくない。
卑下をし始めると、計らずも、過大評価につながる。
世界を勝手に狭めることになる。

自分が悪いと思っていたことも、
実はそんなに悪くないということもある。
自分がよいと思っていたことが、
実はそれほどでもないということもある。
自分が重要だと思っていたことが、
実はそれほど重要ではなく、その逆もある。


主観と客観のバランス。
歪みを正すこと。
足りないことをその都度補うこと。
間違った方向に行った時に、ひょいと直すこと。
変われる自分でいること。
教えを乞うこと。
自分で考えること。
自分を信頼すること。
もっとできるはずだと信じること、言うこと。
「もっといい音出るはずだよ。」
希望を捨てないこと。
感謝すること。
ひとりよがりにならないこと。
より上を求めること。
相手との距離を縮めること。
相手と空気を分かち合うこと。
一人でできることと、二人でできること。
二人でしかできないこと。
本気であること。
心構え。
真剣勝負か。
プロ根性。
「底力と執念」。
本気で泣いたり、笑ったり。
伝えたいことを内包すること。
心を満たすこと。
体を整えること。
素直であること。
全てを語ってはいけないということ。
ありのままを、感じること、見ること。
技を磨くこと。心を磨くこと。人間を磨くこと。
生きている限り、道は続いていく。
[PR]
by sachiolin | 2009-04-26 19:42

穴を掘ることと地下水。

家のインターネットが繋がらなくなった。
仕方がないからパソコンをリュックに詰めて
インターネットカフェに仕事帰りに寄ってみる。
別に何もそこまでして世界と繋がらなくても
よいのかもしれないけれどおととい書いた日記を
どうしても今ここに記したいと思った。

私は、メモ魔なので、手帳はいつも黒い。
わけのわからぬ支離滅裂なメモが散乱している。

穴を掘ることと地下水について。

このテーマだけで、
2ページがあっという間に
真黒になってしまった。
それくらい自分にとって旬なテーマだった。

More
[PR]
by sachiolin | 2009-04-17 21:14 | 考〇
昔の日記より。

自分の心と頭、いろいろ整理中。

==============================


いつものように、テアターの楽屋口の
ドアを開けたら、壁にダンサーの写真。

昨日の朝、亡くなったという。
ああ、なんということだろう。

ここの劇場所属のバレエ団のひとりだった。
2004年からここで働き始めた彼とは、
喋ったことはないものの、食堂で
何度か顔を見た事はあった。弱冠21歳。
あまりに若すぎるではないか。

More
[PR]
by sachiolin | 2009-04-14 22:42 | 思〇
昔の日記より。

自分の心と頭、いろいろ整理中。



=================================



いくつかオーディションを聴かせてもらい
オーケストラに入るというのは一筋縄ではいかず、
相当難関なのだいう事が、最近しみじみ分かった。
何が難しいかというと、
勿論、ある程度のレヴェルが求められる上で、
(そこに達するのがまず大変なのだが^^;)
さらに、自分らしさ、自分の意見というものが
音楽から滲みでていることの大切さである。
あれだけ議論好きなドイツ人の団体に入るわけだから
そりゃ勿論、「私はこう思う」というものが無い人間には
魅力は感じないだろう。

さらに、皆を「納得させる」演奏というのが求められる。
無論万人受けするような演奏というのはありえないし、
それは逆に寧ろいい演奏とはいえないと思うが、
「そうねぇ、まあ私の好みではないけど、
そういうのありよね、それもいいわね」と
思わせる演奏とでも言おうか。
よい意味で安心して聞いていられるというのは
別にしても、所謂「そつない演奏」ではどうしても
物足りなさが残り、否定される要因になりかねない。
よく言われる日本人らしい奥ゆかしさというのは
大切にしたい部分だが、どうやって、そこから
自分を見出すかというのは大事な事だ。

勿論オーケストラそれぞれに違うカラーがあり、
音があり、音楽があり、人間性があり、
それらと自分との相性というのもある。

こうなってくると、お茶でものんびり
飲んで日向ぼっこでもしたくなってくるが
お日様もこのごろ出ないしなぁ。


明日は、レハールのLand des Laechelnsの
ゲネプロ。レハールの音楽は、何でこんなに
人を眠りの世界に誘うのでしょう。
危なかったよ、今日のリハ。
[PR]
by sachiolin | 2009-04-14 22:36
昔の日記より。

自分の頭と心、いろいろ整理中。

==============================


先日のシンフォニーコンサートで
出会った指揮者とソリストは、
私に、ある意味ショックを与えた。

驚いたのは、何よりもまず、彼ら自身が、
共鳴体であり、音楽であり、リズムである事だ。
やりたい事が、あふれている。
表現したい事で、自分が満ちている。
そして、それを実際に音にし、
音楽にする術を手にしている。
徹底的にクリエイティブなのだ。

忘れていたものを呼び覚まされた感じだ。

昔書いていたこと、もう一度。

************
音、音楽に対する、もっともっと
強い欲求、イメージ、意識。
何よりも、それが、自分の体を動かす。
それが、何よりも先。何よりも大事。
そして、もっともっとその瞬間をとらえて、
その瞬間瞬間で音をよく聴くこと。
それに瞬時に反応してくこと。
一つの音が次の音につながり、音楽になっていく。
一つの音を出したら、その瞬間が次の音の始まり。
それが、モチーフになる。それが、フレーズになる。
それが、一楽章になる。それが、一曲になる。
絵画でもきっと同じ。
本当にそこに生きているかのような自画像の瞳でも、
近付いてみると、単なる白い点でしかない。
それが、回りのこととの関連性で、
瞳に見え、目に見え、顔の一部に見え、人に見える。
それが、魂の篭った、命の宿った人物に浮き上がって、
見るものを錯覚させる。
それは、事実、絵の具の塗り重ねでしかないのに。
それは、事実、音の重なりでしかないのに。
そう、錯覚でしかない。
音が、音楽になる不思議。
それに心が奪われる不思議。
生きているということの、不思議。

テクニック的なことに、囚われない。
地道な練習。それも、とびきり「音楽的な」練習。
ゆっくりさらう時は、テンポで弾く時よりも、
音楽的にも拡大して意識してさらう。
意識することの大事さ。
意識するには、無意識が大事。
だから、神様は寝るという
最高の無意識の時間を与えたのかもしれない
[PR]
by sachiolin | 2009-04-14 22:35
昔の日記より。

自分の心と頭、いろいろ整理中。

ヴァイオリンを弾く時は、「肩当て」という器具を
楽器につけて弾くのが、現代で当たり前で、
オーケストラで周りを見回してみても
肩当てなしで弾いている人の方が圧倒的に少ない。
思い出してみても私を含めて二人だけかな。

昔々のそのまた昔は、ヴァイオリンは、今のように
首の下に挟むのではなく、胸のあたり(?)で、
適当に楽器を当てて弾いていたらしい。
絵でしかみたことないので、曖昧な記憶だが。。
当時はハイポジションを縦横無尽に動くような
曲はなかったし、要するに必要性がなかった。
パガニーニの登場があんなめちゃくちゃな曲を(笑)
書いてくれたから、ヴァイオリンもこんなことに
なっちゃったのだ。




=====================================

「肩当て」を外してみようと思ったきっかけは
ヴァイオリニストの古澤巌さんのワークショップに
行ったこと。あれは7年くらい前(わぁ大昔だ!)
だから、肩当て外し歴は一応7年くらいになるわけか。

今でこそ、肩当てをつけると、どうも気持ち悪くて
弾けないが、外した当初はそれはそれは大変だった。
私の感覚だと、肩当てを外すと、自転車の
「補助輪」をとって走る感じかな?
バランスの自由さが大きい気がする。
でも、何にせよ、とにかく体が気持ちよく
動いていればよいわけだ。

古澤さんが、昔雑誌に連載をされていた事があり、
それをコピーして、ドイツにも持ってきた。
迷いが生じた時に、いつも読む。
毎回、新たな発見がある。
言われてみると、確かにそうで、当たり前の
ことだけれど、そこに気付くのが大事だなぁー。
大抵、大事なことは、「シンプル」。



「音を思う」という題でこう綴られている

*手や身体は、その動きに任せると、身体が振られてしまい、重くなってしまいます。そのままのやり方で動きを早くすることよりも、人間の持つ本来の動き、つまり、目的のために、結果として気が付いたら、そのように動いていた、という力を使います。例えば、目の前にあるコップを掴むのに、胸や指を、ああしてこうして、とは考えません。ヴァイオリンで言えば、移弦の時に弦を移る事は考えないわけです。では、何を思うのか?肝心なことは、「音が動きたいように動かしてやる」。その結果移弦の練習のようなことは、発生しますが、それはすでにもう、移弦が目的ではなくなっている。音の動きのための身体の使い方の稽古になっています。もちろん、身体が思いに対し、反応できる事が条件なのです。だから基礎練習がとても大事なのです。無駄の無い動きは、動物の動きです。
「音を思うから身体が自動的に動く」のであって、
「思うようにいかないから練習する」のとは違うのです。
弾きづらいパッセージを弾いてみると、確かに弾きづらそうに自分が動いています。そこで頭を切り換えて、弾きづらいものを練習で慣らしていくのではなく、その音が求める動き、長さ、強さ、感じだけを弾いてあげるのです。音から音へ、そうすれば自然に動いています。
「思ってからその弾き方を考える」のではなく
「思ったら弾ける」のです。

ミルシュタインが
「どうやって弾くかその方法にこだわるな」
と言っていました。
「よりよいものを求めよ」と言われたけれども
よりよいファンタジーということで、弾き方では
なかったのでしょう。美しい心の流れを、そのまま
演奏にできから、それに勝るものはありません。

*********************
[PR]
by sachiolin | 2009-04-14 22:31