sachiolin.exblog.jp

わたしの心の風景メモ。 


by sachiolin
プロフィールを見る
画像一覧
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28

<   2009年 02月 ( 10 )   > この月の画像一覧

先日の壁と卵の話について。
内田樹さんのブログ
なるほどそうかと思った。
この方は、難しいことをやさしく説明するのが
とてもお上手な方だと思う。名演奏家もそう。
難しいことを、いとも簡単に弾いてくれる。
難しく聞こえないのからほぅすごいと思う。
普通は簡単なことを難しくしてしまう。
もしくは難しいことをさらに難しくしてしまう。


:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

このスピーチが興味深いのは「私は弱いものの味方である。なぜなら弱いものは正しいからだ」と言っていないことである。
たとえ間違っていても私は弱いものの側につく、村上春樹はそう言う。
こういう言葉は左翼的な「政治的正しさ」にしがみつく人間の口からは決して出てくることがない。
彼らは必ず「弱いものは正しい」と言う。
しかし、弱いものがつねに正しいわけではない。
経験的に言って、人間はしばしば弱く、かつ間違っている。
そして、間違っているがゆえに弱く、弱いせいでさらに間違いを犯すという出口のないループのうちに絡め取られている。
それが「本態的に弱い」ということである。
村上春樹が語っているのは、「正しさ」についてではなく、人間を蝕む「本態的な弱さ」についてである。
それは政治学の用語や哲学の用語では語ることができない。
「物語」だけが、それをかろうじて語ることができる。
弱さは文学だけが扱うことのできる特権的な主題である。
そして、村上春樹は間違いなく人間の「本態的な弱さ」を、あらゆる作品で、執拗なまでに書き続けてきた作家である。
[PR]
by sachiolin | 2009-02-20 10:20 | 引用::
考えてみると、この時期は連日
お絵描きをしていたのだなぁ。
サインっぽいのを決めたのは
確かこの日から。

この絵は、思うところあって
ある方に差し上げた。

が。

今となってはものすごく恥ずかしい。。
別にプロでもなんでもないのに、
自分の絵をプレゼントするだなんて
なんて恥ずかしいことをしたんだろう。
非常に後悔の巻。
きっと困惑されたことだろうな。。

若気の至りということでお許しください。
(若くなかったか・・・^^;)

トマトは、へたが何とも難しかった。
ズッキーニ君は、もっと濃い緑と
重量感を出したかったがなかなか。

私の中で、いい思い出。



c0110074_6312975.jpg

[PR]
by sachiolin | 2009-02-18 06:31 | 描¶ Wachsmalstift
描いてきた順に載せていってみる。

毎日使うスプーンとフォーク。
毎日使っているのに、じっと観たことなど一度もなかった。
実はかなり官能的なのではないか、
そこの君、そこのフォークにスプーン君!と思った。

この曲線とこの丸みとこの鋭さ。

さまざまな光と色を内に秘めて、
静かにそこに佇む。


スプーンの上の黒い線は、仕上げ段階で
間違って描いちゃったミス。笑。
黒は消そうにも消せません。



c0110074_9331437.jpg

[PR]
by sachiolin | 2009-02-17 09:34 | 描¶ Wachsmalstift
何だかひさしぶりにとても絵を描きたい気分。
でも、今はそういう時間のゆとりがないなぁ。

残念。

ここにも少しずつ絵を整理していこうかな。
絵を一枚描くと、なんだか心が掃除される。

不思議。


私なりのお絵かきセオリー。
描くことは、まずじっと観察することから。
どの角度が一番美人さんかな。
ここかな、いや、それともここかな?
くるくるくるくる何度も回す。
角度によって、こうも違う。
ベストアングルを見つけたら、
もう一度じっと見詰める。
そうすると自然と、愛がわいてくる。

描き始める。

大まかな縁取りをする。
結構慎重な作業。

色の薄い所から少しずつ色をつけていく。
色の違いと、光の違い。


仕上げに入ったら、最後は、被写体は見ずに、
勝手に自由に関係ない色を重ねていく。

実はこれが一番好きな時間。

微妙なバランスで、ちょっとした色を加えて、
ぐっと表情が出てくる。不思議。

最後は、「一番暗いところ」を決める。
大抵何箇所かだけ。
黒のクレヨンは、最後の最後で
絵の全てを支配して、メリハリと奥行きをつける。


完成。



なーんつって、えらそうに。笑。

でも、何のためでもなく
ただただ好きでやってることって
一番自分が出る気がする。
一番自分の栄養になる気がする。

下手でもなんでも。
好きが一番。



りんごはよきモデルちゃん。
まだらな模様が難しい。
ほのかなピンクがかわいらしい。

たまねぎは、ごろんとした感じを出したかった。
ところで、たまねぎの皮を簡単に剥ける方法って
ないものなのかしらん。


c0110074_105383.jpg

[PR]
by sachiolin | 2009-02-16 10:01 | 描¶ Wachsmalstift

2009年【】寒中お見舞い

かなり遅ればせながらですが、
先日送信させていただいた寒中お見舞いを
ここにも載せようかと思いまして。


一年を振り返ると、自然といつも
こんな長大な文章になってしまい
いかがなものなんだろうと、毎年思いますが。。




このブログを立ち上げた当初に、こう述べていました。

「書くことで発見があり、
 書くことが自分にとって大事な作業となってきた」

この姿勢は今でも変わらず、
ただ自分のために書いている、
自分のための心の整理帳であって、
それをこうして世間に公開することの意味、
そもそもブログというものの位置づけ、
というものが、正直いまいちきちんと
自分のものになっていないままですが、
実際に共感をしていただけたり、
そこから広がっていったりする営みは
とても面白く、インターネットというものを通して
世界が急激に近づいたり広がったりする
この毎日や奇跡と呼べるようなものは、
やはりとても貴重であると感じます。


どなたがこのページを読んでくださって
いるのかは、わかりませんが、
偶然通りかかった方にも、
たまに覗いてくださる方にも、
いつも遊びにきてくださっている方にも、
沢山の幸が、降り積もりますように。
2009年が素晴らしいものとなりますように。


*何かメッセージなどがありましたら、
(or懐かしい再会など?)
いつでもコメントお待ちしております^^
(非公開コメント可)


************************************

大変ご無沙汰しております。
こちらドイツは、一時期の異常な寒さは
和らぎつつも、春が待ち遠しい日々ですが、
お元気でいらっしゃいますか?

いつの間にやら、2009年を迎え、
早一か月が経ってしまいましたが、
2008年は、皆さまにとってどんな年でしたでしょうか?

私にとっては、波乱と進歩の年でありました。
人生初めて、手を故障し、ヴァイオリンを弾けないのは勿論のこと、
ドアノブが回せない、フォークでパスタが食べられないという生活をし、
泣く泣く、毎日を過ごした春でした。今までの私は、ヴァイオリンという
楽器に対しての劣等感と苦手意識が拭いきれずに、生きてきましたが、
弾けなくなって初めて、自分がこの楽器を弾くことが好きなのだ
ということに気付きました。結局、予定していた卒業試験を延長し、
日本の信頼する整体の先生と電話連絡で
治療とエクササイズを進め、なんとか無事に卒業試験も終えました。
ドイツの卒業試験というのは、二日間に亘る大がかりなもので、
それはそれは大変でしたが、最後の最後まで諦めず、
忍耐強く、愛の鞭で、レッスンをして下さった尊敬する師匠との、
あの宝のような時間は、一生忘れられません。
そして、沢山の時間を共にした運命共同体だったピアニストを始め、
音楽を愛し、日々これ共に切磋琢磨した愛すべき仲間たちとの
あの小さな田舎街での時間も、私にとって大きな宝物です。

その後、私の人生はどうなるのだろうと自然の流れにふらふらと
身を任せていたら最後の最後で、以前研修生として弾いていた歌劇場で
2010年春までの契約団員としてフルタイムで弾かせていただけることになりました。

ドイツ生活も早6年になろうとしていた夏、
山のような荷物(段ボールは確か23個くらい・・・)と格闘し
何とか引っ越しを終え、新しい生活が始まりました。

何しろドイツのオペラハウスは、フランスのそれとは違い、
毎日毎晩、どんどん違う演目を公演していくので、 
私のような新米は、譜読みとリハーサルと本番に
大波にのように、飲み込まれていく毎日でした。
そのシーズンにプレミエ=新しい演出、でない演目以外は、
基本的にリハーサルはなしで(あっても一回か二回)
進んでいきます。8月からどういう公演をしてきたかと
振りかえってみると…
ドンジョバンニ、ウェルテル、オルフェオ、、
トスカ、ホフマン物語、こうもり、カルメン、サロメ、魔笛、ヘンゼルとグレーテル、
トラヴィアータ、ほほえみの国、マイフェアレディなど。バレエでは、白鳥の湖など。
これプラス、月一回のシンフォニーコンサートがあります。

このように8月15日から仕事がスタートしてからは、
正に怒涛の如く過ぎ去り、気づいたら年が明けていましたが…
半年経った今、ようやく少し余裕が出てきて、
仕事を本当の意味で楽しめるようになってきました。

いい加減イイトシになってきて、
周りの友人も次々と結婚し、新しい命を
お腹に宿したりしているなか、
本気で日本も恋しくなってきていて、
これでよいのか、これでよいのかと
ずっと心の奥底で、深い河が流れつつも
毎日を楽しく幸せに忙しく過ごしています。


2009年、どんな年になるのでしょうか。
型にこだわらず、無我夢中で
美しいものを求めていきたい。
誰しも生まれ落ちたときは、
真っ白な画用紙のはずなのに、
大人になってくると、だんだん描きすぎて
しまって、泉の根源が見えなくなってしまう。
昔は、描きすぎてしまったものを、消そうと
苦労していましたが、そうではなくて、
新しい画用紙を常に用意できる自分でありたいと
思うようになりました。
否定を否定しない。
全てを肯定していく強さを
身につけていきたい。
着飾らずに、
そのままの自分を
ぶつけていきたい。
気負わずに、無理せずに
温かい音楽を作りたい。
肩の力を抜いて、
世界を広くみつめていきたい。
よりよきものへ。
よりよきほうへ。

自分の芯の部分を、強く温め育みながら
自然体でゆらいでいきたいと思う今日この頃です。

2008年の私の読書のヒットナンバーワンだった
下村湖人さんの「論語物語」にこうありました。
「道の実現は、たとえば山を築くようなもので、
あと一簣(もっこ)というところで挫折しても、それは全部の挫折だ。
また、でこぼこの地をならすようなもので、たとえ一簣の土でも
そこにあけたら、それだけ仕事がはかどったことになる。
道は永遠だ。一歩でも進むにこしたことはない、
そして進むも退くもすべては苦難と妥協しない心の一つだ。」
感謝の心をいつも胸に、
一歩でも半歩でも、前に進んでいきたいと願います。

今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
みなさまにとって、
健康と幸せに恵まれた
実り多き年となりますように
心からお祈りしております!

みなさまの近況をお聞かせ
いただければ、大変幸いです。

新年早々、長文駄文をお許しください。。
[PR]
by sachiolin | 2009-02-01 11:32 | ご挨拶【】Grüße

道∺ヘルマン・ヘッセ

「人は自分の夢を見いださねばなりません。
 そうすれば道は容易になります。でも、たえず続く夢と
 いうものはありません。どんな夢でも新しい夢に代わられます。
 どんな夢でも固執しようとしてはなりません。」

(ヘルマン・ヘッセ「デミアン」より。高橋健二訳)
[PR]
by sachiolin | 2009-02-01 10:57 | 道∺

道∺ショウペンハウエル

「紙に書かれた思想は一般に、砂に残った歩行者の
 足跡以上のものではないのである。歩行者の辿った道は
 見える。だが歩行者がその途上で何を見たかを知るには、
 自分の目を用いなければならない。」

(ショウペンハウエル「読書について」)
[PR]
by sachiolin | 2009-02-01 10:55 | 道∺

道∺吉本ばなな

「どうしても、自分がいつか死ぬということを感じ続けていたい。
 でないと、生きている気がしない。
 だから、こんな人生になった。
 闇の中、切り立った崖っぷちをじりじり歩き、
 国道に出てほっと息をつく。
 もうたくさんだと思いながら見上げる月明かりの、
 心にしみ入るような美しさを私は知っている。」

(吉本ばなな「キッチン」より)
[PR]
by sachiolin | 2009-02-01 10:54 | 道∺

道∺小林秀雄

「芸には一般的なものなんてないのよ。
 一つもない。一人一人が、自分の狭い道を
 たどるのだね。その他に何かを創り出す
 合理的な道はないのだし。これを、
 職人の非合理主義などと片づけるのは、
 思想の上の怠慢だよ。」

(小林秀雄)
[PR]
by sachiolin | 2009-02-01 10:51 | 道∺

道∺老子

「ひとかかえもあるほどの大木も、
産毛のように柔らかな小苗から育ち、
九層の塔も一箱の土から建ち上がり、
千里の道も一歩から始まる。」

(老子)
[PR]
by sachiolin | 2009-02-01 10:50 | 道∺