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わたしの心の風景メモ。 


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by sachiolin | 2008-10-10 06:53
今日は、午前中のリハーサルが14時前
までかかって、16時までに図書館に
行く必要があったから、お昼ご飯は
お気に入りのパン屋さんで、軽く済ました。
無農薬の自然派のお店で、ガラスケースには
焼きたての沢山の種類のパンが嬉しそうに並び、
壁際には机と椅子があって、コーヒーも安く飲める。
お昼にはグラタンやスープなども置いてある。
今日の私は、ほうれん草のパイを選んだ。
お腹がすいていたからだけではなく、
それ自体がやはりとても美味しかった。

さくさくのそのパイを味わっていると、
ベレー帽をかぶり、品のいい灰色の
コートを身につけた60代後半か70代前半の
女性が私の隣りに座った。
私の方を見て、「Guten Appetit」と言って
にこりと優しくほほ笑んだ。
私は一目でその人の優しい目が気に入った。

晩年のメニューインと、グラッペリと、
映画「タイタニック」の最後で、
宝物を海に投げ捨てるおばあさんを
足して割ったような、神様が隣にいるような
静かな優しい顔立ちだった。

独り言を小さい声でぶつぶつ言って、
荷物を置いて、コートを脱いだ。

隣りのその人の様子を気にしていたら、
カラーンと大きな音を立てて、
私のフォークが床に落ちてしまった。

新しいフォークをもらおうと
席を立った瞬間と、その人が
コーヒーを取りにいく瞬間が
重なって、私たちの肩が僅かに
ぶつかった。

その時、その人は
「あら、ごめんなさいね」と、
優しい目をさらに細くして
私の肩を優しく抱き寄せた。
それはあまりにも何気なく自然だったので
まるで何年も私の事を知っているような
温かささえ感じた。初対面だったのに、
ちっとも、嫌な感じを受けなかった。


なぜだか、その人の佇まいは、
私に懐かしく温かいものを
「呼び覚ました」。

その人とは姿かたちは似てはいないのに
その人を見ていたら母のことを思い出した。
母の背中のことを思い出した。


人の老いて行く姿というものを
刻まれた顔の皺よりも、
丸まっていく背中に、
私はより強く感じる。


この夏、日本にいたときに、
何気ない私の一言が、
母を少し傷つけてしまった。
正面から顔を見て話しているだけでは、
そのことに気付く事ができなかった。
口論になって、私の前を去っていく
その悲しそうな背中を遠くから見たときに、
何故だか私は涙が滲んできた。
自分が母の心を痛めてしまったのかもしれないと
その時初めて気づいた。


もっと大きくて広かったはずなのに、
こんなに小さく丸くなった母の背中。
言葉よりも皺よりもその背中は多くを語っていた。


そんなことを思い出していたら、
ほうれん草のパイがずいぶんと
違う味がしてきた。



過去の記憶の引出しに
しまってあるものが、
引っ張られてくる瞬間というのに
出会うと、その時、また新しく
自分を見つけ、一歩を踏み出す。

パン屋さんで出会ったその女性は、
まさに、私に何かを呼び覚ます存在だった。


演奏というのも、
本来は、ひとびとにとって、
そういうものであるべきなのでは
ないかしらんと、そんなことを
思いながら、雨の中、自転車を走らせた。


「過去を呼び覚ますもの。」
という黒字のタイトルが私の頭の中で
繰り返し右から左へ流れていった。


そのうちある映像が思い浮かんだ。

その音楽を聴いた人々が、
それぞれの引出しを開けて
そこに自分自身を見つける。
暗闇にの中で開ける引出しからは、
温かい光が漏れて、コンサート会場は、
その光の粒で満たされる。


最近観た、晩年のグラッペリの
ワルシャワでのコンサートの映像は、
まさにそんな光景だった。
(一曲だけ@You tube)


少し大きめの紺色のカーディガンを着て、
椅子にちょこんと座って、共演者とアイコンタクトを
交わしながら、顎の下のお肉をふるふる揺らして、
本当に楽しそうにヴァイオリンを弾く、
その80過ぎのおじいちゃんの姿を
初めて見た私は、ものすごい衝撃を受けた。
それは、チェロを気品高く奏でるフルニエを
観て
以来の、新鮮な感動だった。

変な言い方かもしれないが、
まるで楽器を弾いていないようで、
そこから出される音は、もはや
楽器の音ではなくて、グラッペリの声に
他ならないのだった。


あんなに自由に軽く弾いているのに
フルニエやカザルスなどの巨匠と同じく、
弦と弓の接点が全くぶれないのには、
つくづく感嘆する。画面にすいつけられる。

何て優しい笑顔なんだろう。
何て柔らかい指先なんだろう。
何て素晴らしいリズム感なんだろう。
何て温かい音なんだろう。

涙が出そうになる。

この人は本当にヴァイオリンという楽器を愛して
何年も何十年も弾き続けてきたのだなぁと
感じずにはいられない。本当に楽しそうに、
楽器を遊んで操って、自由自在に音楽を
魔法のように瞬間瞬間で変化させる。


ハイフェッツのような金色の強い光の
神々しさとは違って、彼の周りには、
優しい柔らかい光の粒が舞っている。
暗闇にふわふわと舞うホタルの光のような。

その光の粒は、温かくじわじわと
コンサート会場を満たしていく。
聴いている人の顔を見るとそれが
よくわかる。あんなに幸せそうに
優しく微笑んでいる聴衆は初めて見る。

彼の存在、彼の奏でる音楽は、
彼らにとって、何かを呼び覚ますもの
であったに違いない。

その音は、その光の粒は、
温かく懐かしく優しく切なく、
悲しみも喜びも包み込んだ光の束になって、
ひとびとの記憶の引出しを開いていく。


生きていてよかったと
決して大袈裟ではなく
そう思える何か。

温かなものを呼び覚ます光の粒。



80過ぎたおばあちゃんになった時に、
こういう風に優しく楽器を弾いていられるだろうか。
こんな風に音楽を奏でられているのだろうか。

少しでも、この人に近付きたい、
そう思える人をまた一人ここに見つけた。
グラッペリおじいちゃん。
ヴァイオリンを弾く仏様。


今日の言葉*
「家族だから、友達だから、恋人だから。
 形や言葉に甘えると
 本当のものが見えなくなります。
『人はみんなひとりで生きている』
 その真実を知れば
 ささやかな幸せを、受け取れるはず。」
(小泉今日子)



今日のドイツ語**

eisern;鉄製の、鉄の(英;iron)

例;der Eiserne Vorhang(鉄のカーテン)
  der Eiserne Kanzler(鉄血宰相;ビスマルク)

→das Eisen

諺;Man muss das Eisen schmieden,solange
  es heiss ist.(鉄は熱いうちに打て。)

→das Schmied;鍛冶屋さん。

諺;Jeder ist seines glueckes Schmied.
  (幸福は各自が自分で作り出すもの。)


eiserne Hochzeitとは、鉄婚式というらしい。
銀婚式と金婚式くらいしか知らなかった私は
驚きだったが、結婚記念式は、こんなに沢山ある。
(地域によって、年数は微妙に違うようだ。)

papierene Hochzeit・紙婚式・1年目
hoelzerne Hochzeit・木婚式・5年目
zinnerne Hochzeit・錫(すず)婚式・61/2年目
kupferne Hochzeit・銅婚式・7年目
blecherne Hochzeit・ブリキ婚式・8年目
glaeserne Hochzeit・ガラス婚式・10年目
seiden Hochzeit・絹婚式・12年目
porzellane hochzeit・磁器婚式・20年目
silberne Hochzeit・銀婚式・25年目
goldene Hochzeit・金婚式・50年目
diamantene Hochzeit・ダイヤモンド婚式・60年目
eiserne Hochzeit・鉄婚式・65年目
steinerne hochzeit・石婚式・70年目


紙みたいなペラペラから始まって、
最後がコチコチの石になるのか。
ははは。興味深い。
「結婚は人生の墓場だ」と言ったのは
ゲーテだったかしら。
ダイヤモンドあたりで終わったら美しいのに。
石になるまで到達するには、20歳で
結婚したとして、90歳か。
長い年月なり。



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by sachiolin | 2008-10-02 09:34 | 観■Musik