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わたしの心の風景メモ。 


by sachiolin
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<   2008年 03月 ( 11 )   > この月の画像一覧

Sommerzeit

昨日からSommerzeit(夏時間)になった。
毎年時計の針を一時間進める度に、
損した気分になる。冬時間になる時には、
得した気分になるのだから、プラスマイナス
ゼロなんであるが。これで、日本との時差は
8時間から7時間になったわけだ。

申し合わせたように、昨日は、
小春日和のぽかぽか陽気で、
雪が大分融けたが、今日はまた曇り空。


東京はもう桜が満開だとか。
それとももう散ったのかな。
こんなに早かったかしら。桜前線。
これも温暖化の影響か?

「桜前線」とはよく考えたものだ。
「自転車で進むくらいの速度です」と
お天気お姉さんが話していたのを思い出す。
花咲かじいさんが、自転車に乗って
日本を少しずつ移動している姿を
想像すると、微笑ましい。


今日は朝から、何故だかドイツ語のお勉強。
ずっと何か原語で読みたいナと思っていて
初めて買った、ドイツ語の小説。
ヘルマン・へッセの「Siddhartha」。
文学少女の友人のお勧め。
へッセならこれが一番だと。

声に出して読んでみる。
なるほど。
ドイツ語あるいはへッセ独特の
リズムとテンポがあって面白い。
和訳独特の変なもどかしさが無く
心でそのままストンと感じられる。



最近は、毎晩友人と巨匠DVD鑑賞会。
フルニエ、ハイフェッツ、ミルシュタイン、
カルロス・クライバー、ムーティ、ミュンシュ、
チェリビダッケ、カザルス。

何ともはや、何よりの勉強。


淀みない流れ。美しい流れ。
心と体と音楽が一体になった流れ。

深さと広さと温かさ。

決してエゴではない、芯の/真の強さ。

鋭さを同居させた熱さ。



自然であるとは、どういうことか。

野口晴哉さんの本で
「要求」という言葉が度々出てきた。
心にずっと残っていた。


欲求(desire)ではなく要求(demand)に従うこと?

少なくとも巨匠たちは、
●自分の欲求に従って音を動かすのではなく、
音の要求に従って自分の体が動かしている。



大好きなミルシュタインがこう言っていた
「音が動きたいように動かしてやるんだよ。」

前よりこの意味が分かった気がする。


?それが、欲求なのか、要求なのか?


毎日の練習が楽しい。


●長い音も短い音も、もとの種は一緒だということ。
→→→粒をそろえるというのは、どういうことか。

●速く大きく弾く事は簡単だ。
 遅く静かに練習することは難しい。
 それには、ガマンが要る。
 きれいな音で、響く音で、丁寧に。
 それを少しずつ拡大していく。
 →→→正しいinput

●一日一曲、初見で何か自由に弾いてみる。
 →→→いい意味でのoutput 

●その「音」が耳で頭で聴こえる前に
 音を決して出さないこと。
 音を垂れ流ししない。
 
●意識する事と、意識しない事。




最近食欲がすごい。
もりもり食べる。
「お腹がすいた」と言いながら食べる。
まるで水泳帰りの中学生のようだ。
練習すると、お腹がすくのである。


さて今日もよき一日を。



今日の言葉*
「英雄は自分の出来ることをした人だ。
 凡人は出来ることをせずに、出来もしないことを望む」
(ロマン・ロラン 1866-1944)


写真;イギリスでMuji発見。

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by sachiolin | 2008-03-31 21:47

考〇ひずみ

ちょっと昨日は落ち込むことがあり
ここ最近ぼーっとしていた自分にはきつかった。
突然平手打ちを食らったようで。
神様が「ちょいと。しっかりしなされ。」と
ばしん!と痛みをくれたようで。

でもおかげで、何だか目が覚めた。


昨日はどーんと落ち込んだが、
今日はわーっと泣くことができて、
何だかすーっとした。
不思議と力が湧いてきた。
立ち直り早いな~私。笑

そういえば、最近思いきり泣いてなかった。
心のどこかで泣きたかったのに、泣けなかった。
「もうこの歳になると、泣く事も少なく
なるんじゃない?泣く事で全てが解決
するわけでもないし。」と
友人が言っていて、そうかとも思ったが、
やっぱり、思いきり泣けるのは
私にとって大切なようだ。
生まれ変われるというか。

つくづく、涙の力は大きい。


師匠に電話した。
師匠も狼狽し憤慨していた。

もう一人の師匠にも電話した。

「今できることを精一杯やってれば
 自ずと道は拓けてくるものだから。
 がんばってね!」と。

あああああ。涙。何ていい先生なんだ。
先生に出会えただけでも私は幸せもんである。




今年に入って、人生初、手を故障して
ちょっと人生観が変わった。
ひたすら頑張っても、報われないこともあるのだと。
「海辺のカフカ」にあったように、
生きてるって大事なことを失い続けることなのかもと。
同時に、ゼロに戻ることの大切さも、
いつも新しい画用紙に描ける自分であることの大切さも
実感した。

自分は本当に何がしたいのか?
この大切な時間を何に使いたいのか?

今、もう少し、見極める必要があるのかもしれない。
考えてみれば、最近の私は自分から逃げていた。
自分と向き合う事かから逃げていた。
それ自体が嘆かわしい。ああミゼラブル。


再考1。

「人生は悪しき冗談なり。
 半時間では何もできないと考えているより、
 世の中の一番つまらぬことでもするほうが勝っている。
 生活は全てこの二つから成り立っている。
 したいけれどできない。できるけどしたくない。」

(ゲーテ)

はじめに言葉ありきではなく、
はじめに行動ありき。

ずんずん進もう。
時間はあっという間に過ぎてゆく。




再考2。

「あくまで自分自身のためにやっていることが、
 より真剣であれば、それは結果として、他の人たちの
 参考にもなるでしょう。それが自然だし、
 それで十分だと思います。」

(甲野善紀)


自分のため?↓
人のため?↓
街のため?↓
社会のため?↓
自然のため?↓
動物のため?↓
地球のため?↓
「他」=「自分以外のもの」のため?↓
自分のため?



再考3

 「元気に生きよう。進めば道は自ずから拓かれる。
 躊躇している間に、時は過ぎて行く。一瞬の時にも
 生命は流れて行く。死の直前の一瞬も、今も、
 また同じ一瞬である。一秒間も大切に使わねばならない。
 一分間も元気を満たして活き活き生きることが、
 自然の行き方だ。生きる事は、自然の使命だ。」

 「しとげたことに光があるのではない。しとげつつある 
 その行程に光はあるのだ。しとげたことにしか光を見ないのは
 人間だが、自然の光はしとげつつある行程に現れる。」

(野口晴哉)


しとげつつあるその行程に。
この件がとても好きだ。

ずんずん進もう。
元気に進もう。


今日ドイツの学友が完全帰国した。
もう仙人トークが聞けなくなる。悲しい。寂しい。
昨日日本の旧友がびっくりおめでた結婚報告メールをくれた。
あそことあそこがそうなったとは!驚き!おめでとう!
最近ベルギーの友人が出産した。
心からのおめでとう!
最近ドイツでの学友が日本で結婚式をした。
帰国して人生がらり。心からのおめでとう!


何とも、そういう時期である。


ひずみ=歪み

「ひずみ」という言葉が最近うようよしていた。
知らない間に歪みは溜まる。深まる。
日本とドイツ。自分のこと。家族のこと。これからのこと。



「自分は本当は何をしたいのか?」


何にせよ
結局シンプルが一番なのだろう。
音楽も心も体も人生も。


感謝の心を忘れないように。
毎日を大切に。



今日の言葉*
「転がる石に苔はつかない
 流れる水は腐らない
 立ち止まるな、とにかく動け 」
(出所不明)




写真;stonehenge



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by sachiolin | 2008-03-27 02:54 | 考〇
以前いた街に、お気に入りの映画館があった。
昔の映画も数限りなく上映していて、
仕事の合間によく観に行っていた。
サイレント映画を、生演奏付きで(!)
というのも初めてで、わくわくした。
ピアノ、打楽器、ヴァイオリン。
映像と音楽の粋なコラボレーションと
その不思議な時空間に
目がキラキラし、胸が躍った。

エルンスト・ルビッチ監督の作品とも
そのように出会い、何本か観るチャンスがあった。
映画が始まって、すぐに惚れ込んだ。

とにかく、全てが粋、粋、粋。

洗練されたユーモアと
毒々しい人物描写と
繊細な小道具と衣装と
大胆な構図と
歯切れのよいリズム。


その不思議な世界は、観る者の想像力を
ふつふつと湧かせ、ぐいぐい引き込ませる。
ちょっとした表情に、ちょっとした小道具に
いろんなヒントを散りばめながら、
テンポよく映画が進んでいく。

彼の作り出す「笑い」というのは本物で、
映画館から去ったあとも、心の片隅で
ドクドクと鼓動をし続ける。


今回観た「The shop around the corner」は、
(邦題は何故か「街角 桃色の店」)
わたしが観た、他のルビッチの作品とは
少し違って、麻薬的な笑いはないものの、
本当に心温まる、何度も観たくなる映画だ。
ルビッチ自身、自作で一番お気に入りだった
というのも、なんだか頷ける。

あとで知ったが、「ユーガットメール」という映画は
この映画のリメイク版らしい。


登場人物は、店主のマトチェクに、
店員のクラリク、ヴァダシュ、ビロヴィチ、
フローラ、イローナ、ぺピ、そしてクララの主に8人。

場所は、お店、カフェ、クララの部屋、病院の
4か所でほぼ全部。あとは、店の前の通りの様子。

お店やカフェなどの限られた四角い空間だけで
あれだけの人情の機微と人生と愛を
見事に描いてしまうのには、脱帽。

それぞれの登場人物が、本当に
生き生きと個性的で、お互いがお互いを
映す鏡のようになっているのが面白い。

妻の浮気にショックを受けるマトチェクが、
「22年間、私は妻を誇りに思ってきた。
 その妻が、私と一緒に年をとるのを拒んでいる」
と寂しそうに語る言葉も、
クリスマスイヴの、雪の降るシーンも
シガレットケースが、ばたばたと倒れるシーンも
どれも心に鮮明に残る。

最後の愛の告白で、涙がこみ上げかけたのに、
最後の最後で笑いをとるのも、大好き。
あの靴下止めも素敵。



人生とは何ぞや
愛とは何ぞや
結婚とは何ぞや
優しさとは何ぞや
と考えさせられ、心がほっと温まる。


これが今はたったの500円!
日本にいる皆さん、どうぞ見てください。
(宣伝してどうする。)

http://www.amazon.co.jp/%E8%A1%97%E8%A7%92-%E6%A1%83%E8%89%B2%E3%81%AE%E5%BA%97-%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%82%BB%E3%83%95%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%AB%E3%83%89%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%A6%E3%83%88/dp/B000LXINSC/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=dvd&qid=1206313048&sr=1-1


さてさて、こちらは、今日も雪。
春になるのはいつのことか。
今日は連休三日目ということで
一大決心をして、部屋の大掃除!!
友人の多大なる力をお借りして、
ベットの下の未開の区域に潜入。
段ボールを撤去し、○年分の埃をお掃除!
おかげで、部屋の空気がクリーンになった気が…。

お金はたまらないのに、
埃ってたまるもんですねぇ。
いやはや。

明日も大掃除続行。



今日の言葉*
「思考に気をつけなさい。それはいつか言葉になるから。
 言葉に気をつけなさい。それはいつか行動になるから。
 行動に気をつけなさい。それはいつか習慣になるから。
 習慣に気をつけなさい。それはいつか性格になるから。
 性格に気をつけなさい。それはいつか、あなたの運命になるから。」(マザー・テレサ)


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by sachiolin | 2008-03-24 10:49 | 観■Film

春の吹雪

吹雪いてます。
ゴォゴォ風が唸ってます。
ガタガタ窓が震えてます。

春の嵐?
春の吹雪?
どこもかしこも真白。

でも、これくらい勢いよく
吹雪いてくれると、何だか楽しい。

日本は桜もそろそろ咲くのかなぁ。
見たいなぁ。

満開の桜も美しいけれど、
風に吹かれて散る桜というのはもっと美しい。
潔くて、剛快で、どこか切ない。


久かたの
光のどけき 
春の日に
しず心なく
花のちるらむ

(紀友則)


花さそふ
嵐の庭の
雪ならで
ふりゆくものは 
我が身みなりけり

(入道前太政大臣)

はなの色は 
うつりにけりな 
いたづらに
我が身世にふる 
ながめせしまに 

(小野小町)


美しきかな、日本の美。
静と動、
沈と浮、
点と線。

よきかなよきかな。





今日の言葉*
「世の中の 人は何とも 言わば言え
 我為すことは 我のみぞ知る」
(坂本龍馬)
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by sachiolin | 2008-03-21 13:04

薬瓶が…

昨夜は悪夢を見た。
プラットホームに立っていたのだが、
上から工事中の鉄片が次々と落ちてきて、
恐怖のなか何とか逃げ惑う。
途中からとんでもないものが降ってきた。

それは…風邪薬の瓶
それも超特大の。
危うく下敷きになりそうだったが、
絶妙のタイミングでよけて一命をとりとめた。

全く、私はそこまで薬が嫌いなのか。笑

今だからこそ笑えるが、夢の中では必死だった。
ちっとも寝た気がしなかった。
今日はいい夢が見られますように。


暦の上ではもうすぐ春なのに、
こちらは、雪です雪。
真白~



今日の言葉*
「心の本質は、池の水のようなものです。
嵐で水が掻き乱されれば
池の底の泥が浮き上がって、水を濁らせます。
しかし水の本質は、汚いものではありません。」
(ダライ・ラマ14世)
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by sachiolin | 2008-03-20 08:27
今日は何て美しい空なのだろう。
この世に終わりの日が来るのなら
その一日前の日は、こんな空ではないかしらと、
息をのむほどひどく美しいお天気。

青い空に雲が身じろぎもせず静かに浮かんでいる。
太陽の光が、雲たちに微妙な陰翳を与えている。
遠くの空にも、もくもくと真っ白な雲が生まれている。
空気はどこまでも澄んで、冷たく、喉を潤す。
風はそよそよと首にあたり髪を揺らす。

静かで、凛としていて、透明なお天気。
全てを洗い流してくれるような。
全てが生まれ変わるような。

こんな恐ろしく美しい空は初めて見る。




風邪が不思議なほど長引いている。
友人の作ってくれる美味しいご飯を食べて、
薬嫌いの私が珍しく薬を飲んで、
寝たいだけ寝ているのに、である。
まるで体がよくなるのを拒んでいるかのようだ。
咳が止まらず、夜何度も起きては、友人がくれた
液体の咳どめ薬を飲む。鼻をかむ。
昨日からまた喉が痛くなった。
風邪の始まりは喉の痛みだったから、
また一からやり直しになってしまったような感じだ。

最近読んでいる野口晴哉著「整体入門」という本に
足湯がいいと書いてあったので、昨晩試してみた。

消化器系統の風邪(膝下外側を押して痛い)なら「脚湯」を、
呼吸器系統の風邪(足内側を圧迫して痛い)なら「足湯」をする。
脚湯は、膝が隠れるまでのお湯に、
足湯は、踝が隠れるまでのお湯に全部で8分間入れる。
入浴温度より2度ほど高いお湯で、冷めないように差し湯を
しながら行う。6分経ったら足をタオルで拭いてみて
赤くなっていない方の足だけ、もう二分間湯につける。
タオルでよく拭いて、水を飲み、すぐに眠る。

喉の痛い風邪は「足湯」なので、試してみたら
ここ最近で一番よく眠る事ができた。

なんでも、人間というのは、左右がアンバランスになっていて
足の左右で変化の度合いに差が出るのは、左右どちらかに
重心が偏っているからで、敏感な方が早く赤くなり、
鈍っている側がなかなか赤くならないのだとか。
顔も、足の赤くならない側は、小さくなっているし、
体温も左と右では違うのだという。
野口先生によると、この左右差があまり大きくなると
人間は風邪を引き、アンバランスを治しているのだと。
つまり、風邪は病気ではなくて、体の歪みを治す方法なのだという。

ということはきっと相当歪んでいるのね、私。笑
慌てずに治していこうっと。


この著者のことは、数年前に友人に教えてもらい、
衝撃を受けた。これは本物だと。えらい人がいたもんだと。
それから暫く忘れていたが、最近また読みなおす。
ものごとの本質をつく文章は、更に味わい深い。

12歳のとき関東大震災で被災し、
そのときに本能的に手をかざし治療をしたことを機に、
治療家をめざし、15歳にて早くも道場を開いた
というから、驚く。整体の祖として師として
沢山の弟子を輩出し、沢山の人を治療し続けた人生は、
昭和51年に幕を閉じる。

兎角、こういう類のものは、宗教じみて
考えられるが、決して違うと思う。

私の好きなサイトの一つ、
松岡正剛さんの千夜千冊にも取り上げられていて、
読んで、なるほどと思った。

「なぜ野口の意志をこえて広まったのか。
野口が主題ではなく、思想ではなく、
方法を開発したからなのである。
野口は『方法の魂』を残したのだ。
野口自身はその方法を早くに開発していたから、
そののちはむしろ人々の「思い」や「和」や「覚醒」を
期待しただろうけれど、創発者からみれば追随者というものは、
いつだって勝手なものなのだ。」


まだまだこの本に書いてあることが
できないが、少しずつ試してみようと思う。



松岡正剛さんの千夜千冊
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0676.html


今日の言葉*

「 生きることそのものの悦びは、健康の齎す自然の教えだ。
 我等は健康に生きることの尊さに目覚めねばならない。

  人の生きるのは自然である。死ぬのも自然である。
 何のために生きるのか、それは判らない。
 自然を活かすためかもしれない。自然を活かして
 何になるか、それも判らない。
  人は目的も使命も判らないで生きている。
 ただ生きていることそのことが、自然の使命を果たして
 いるのかもしれない。自然に生きていれば快いのだから、
 生きていることそのことが自然だ。それ故、生きていること
 そのものが使命であろう。それ故、生きている目的は、
 生きていることそのものである。

  生きるも死ぬも自然だ。何れにしても順応するだけだ。
 生ききって死ぬことが、働いて眠くなるように快くあれば、
 健康な死と言えよう。生きるとは死ぬことだ。
 死ぬことによって生きているのだ。

  生も快なら、死もまた快だ。快く死ねないのは、
 快く生きていなかったからだ。

  元気に生きよう。進めば道は自ずから拓かれる。
 躊躇している間に、時は過ぎて行く。一瞬の時にも
 生命は流れて行く。死の直前の一瞬も、今も、
 また同じ一瞬である。一秒間も大切に使わねばならない。
 一分間も元気を満たして活き活き生きることが、
 自然の行き方だ。生きる事は、自然の使命だ。

  しとげたことに光があるのではない。しとげつつある 
 その行程に光はあるのだ。しとげたことにしか光を見ないのは
 人間だが、自然の光はしとげつつある行程に現れる。

  自然の生活は苦しむことではない。努めることでもない。
 楽々悠々、すらすら容易に一切のことが運ばれる。
 それが健康な生き方だ。

  自然は山にあるのではない。樹にあるのでもない。
 人間の一呼一吸それが自然だ。」

(野口晴哉 1911-1976)


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by sachiolin | 2008-03-19 01:39 | 読◇non-Fiktion

観■surviving Picasso

旅行中治りかけていた風邪がぶり返してしまった。
咳のし過ぎで、鳩尾が痛む。
早く元気に楽器を弾きたい。散歩に出かけたい。

今回の旅は、行きも帰りも飛行機に乗り遅れそうだった。
行きは、乗り換えるべき駅を乗り越し、タクシーを
呼んでみたが、実際に来るまでの時間を計算すると間に合わず
突然ヒッチハイクして(!)空港まで送ってもらい、セーフ。
運転してくださったあの心優しいマダムは神様に見えた。
帰りは、きちんと時間に余裕を持って行ったのに、
空港までのバスが、待てど暮らせど来ず。
やっと出発したのは予定の40分過ぎ。
しかも、高速道路では、交通事故が起きたようで、
だんだん徐行運転になり…ついに、停止!
「これはもう間に合わん。。」と頭を抱えたが、
飛行機出発時刻ぎりぎり30分前に何とか着き、セーフ。


この前イタリアに行った時も、予定では2時間前には
空港についているはずだったのに、自分の住んでいる町
から電車が華々しく出発したと思ったら、50メートル程
進んだところで、突然停車。その後も何か問題があったのか
のろのろ運転で、結局次の駅で乗り継ぎができず、
立ち往生(無人駅なのです。)。呆然と立っていたら
同じ目に遇ったロシア人女性が二人近づいてきた。
お父様が迎えに来たところを、便乗させていただけて、
近くの駅まで送ってもらえた。(これだけでも幸運。)
駅でドイツ鉄道のお姉さまに、事情を話すと、
「飛行機」という言葉を聞いて慌てたのか
急いで電話を繋いでくれ、タクシー券を出してくれた。
空港近くの駅までとりあえずタクシーで行くことになった。
「ぎりぎりだけど、頑張ってみるよ!」と朗らかな運転手は、
連なる車をひゅんひゅん全速力で追い越して、おかげで
空港には1時間前には到着でき、セーフ。


ああ、何故いつもこうなのでしょう。
たまには普通に飛行機に乗りたいものだ。
でも考えてみれば、いつも色々な人に助けられて
無事に乗れているものだ。感謝。


さて、
「surviving Picasso」という映画を観た。

今でこそ少し心が離れたが、
ピカソはずっと前から惹かれる画家だ。
一生で作風をこれほどまでに変え、
これほどまでに多作の画家というのも珍しい。

今まで見たピカソの作品で、心にずっと
残っているのは、晩年の陶芸作品。
数年前、ピカソがその制作に没頭した
ニース近くのヴァロリスという小さな村を訪ねた。
お皿に描かれた太陽や顔たちは、
一点の曇りも迷いもなく、潔く、凛としていた。
晩年に、ピカソが、「子供のように
描けるようになるまで、今まで時間がかかった」
と言っていたらしいが、天才ピカソが言うから
尚更重みのある言葉だ。

この映画には、ピカソを巡る4人の女が登場する。

元ロシア・バレエ団のダンサーで、最初の妻のオルガ、
愛人のひとりのマリーテレーズ、
「ゲルニカ」の製作過程を記録した写真家であり
「泣く女」のモデルでもある愛人のドラ、
画学生してピカソと出会い二人の子を儲けたフランソワ・ジロー
二人目の妻で、ピカソが死ぬまで献身的に
尽したジャクリーヌ・ロック。

オルガとの間には、長男パウロ、
マリー・テレーズとの間には、長女マヤ、
フランソワ・ジローとの間には、次男クロードと次女パロマ
があり、ピカソの死後、マリーテレーズとジャクリーヌ・ロックは
自殺している。


数々の女性をここまで狂わせ、のめり込ませてしまう
ピカソの強烈な個性とエネルギーは、
よほどのものだったのだろう。
天才というのは、愛というのは恐ろしい。

映画は、フランソワ・ジローの視点で進んでいく。
フランソワ役のNatascha McElhoneがとても美しい。
画学生だった当時、約40歳も年上のピカソと出会い、
10年の月日を経て、強く成長する姿を好演。

「私は愛の奴隷であったけれど、
 あなたの奴隷ではなかったわ。」
という言葉が心に残る。


ピカソ役のアンソニーホプキンスも流石。
ただ、彼の演じるピカソは、あまりに「動」の
エネルギーが強く、本当のピカソは、その対極の
「静」のエネルギーにも満ちた人ではなかったのかしら
と想像してみたり。ろうそくの炎の青色のような。


http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=52194


今日の言葉*
「芸術は心理ではない。芸術は嘘である。
 だが、その嘘は私達に心理を悟らせてくれる。」
「I am always doing that which I can not do,
 in order that I may learn how to do it.」
「日々の暮らしの塵を魂から洗い流すのが芸術なのだ」
「絵は、あらかじめ構想されても固定されてもいない。
 それは制作の過程で、画家の思考の変化に添って
 変貌するものなのだ。 そして完成した後も、
 それを見る人の精神状態によってなお変わり続ける。
 一枚の絵は生き物のように自らの生を生き、
 毎日の生活で私たちが 味わう変化をも経験するのだ。
 それは、絵画作品が見る人によって 初めて生命を
 与えられるのだから、当然のことだろう。」
(パブロ・ピカソ 1881-1973)




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by sachiolin | 2008-03-16 12:38 | 観■Film

マザーテレサ再び。

何度読んでも、心に沁み入る。




「構わず、あなたでありなさい」

人は不条理で自己中心的なものです。
構わず、彼らを許しなさい。

あなたが人に親切にすると、
人はあなたの偽善を責めるでしょう。
構わず、親切でありなさい。 

あなたが正直であれば、
人はあなたを騙すでしょう。
構わず、正直でありなさい。

あなたが幸せだと、
人はあなたを妬むでしょう。
構わず、幸せになりなさい。
     
今日あなたのしたよい行いは、
明日には忘れ去られるでしょう。
構わず、よい行いをしなさい。

               
親切で慎み深くありなさい。
あなたに出会った人がだれでも
前よりももっと気持ちよく
明るくなって帰れるようになさい。
親切があなたの表情に、まなざしに、
ほほえみに、温かく声をかけることばに
あらわれるように
子どもにも貧しい人にも
苦しんでいる孤独な人すべてに 
いつでもよろこびにあふれた笑顔をむけなさい
世話するだけでなく
あなたの心を与えなさい

何もしなくてもいい。
そこに苦しんでいる人がいることを
知るだけでいいのです。

あなたがちょっと微笑むだけでいいのです。
新聞を読んであげると、慶ぶ目の不自由な人も、
買い物をしてあげると、慶ぶ重い病気の母親も
いるでしょう。

小さいことでいいのです。
そこから、愛は始まるのです。

平和は微笑みから始まります。
1日5回あなたが本当は笑顔を見せたくない人に
微笑みかけなさい。
それを平和のためにするのです。

健康な人やお金持ちは、どんなウソでも言えます。
飢えた人、貧しい人は、
にぎりあった手、見つめあう視線に、
ほんとうに言いたいことをこめるのです。

ある人が尋ねました。
「いったいいつ、貧しい人々の貧困はやむのですか?」
私は、あなたと私が分かちはじめたそのときに、
と答えました。
より少なく持てば、
その分、より多く与えられるのです。
より多く持とうとすれば、
より少なく与えることしかできません。

私は、不親切で冷淡でありながら奇跡を行うよりは、
むしろ親切と慈しみのうちに
間違うほうを選びたいと思います。
      
(マザーテレサ)
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by sachiolin | 2008-03-06 12:35

ひとまずよい方向へ。

今朝は5時起き。
オーディションの日だ。
風邪が治らず異様にだるく、熱もある。
最後の最後まで行こうか行くまいか本気で悩んだが
結局、直感に従って結局行くことにした。

雪が舞う暗い空の下、てくてく駅まで歩く。
雪かきをする人がちらほら。

部分的に路面が凍っている。
うーん危険だ。
そろそろ歩いて(凍結部)、さささーと走る(積雪部)。
ただでさえ最後まで行くのを迷っていたのに加え
この悪条件。でも電車はもうすぐそこだ。


…とそのとき。


音も無く滑らかに電車が暗闇に消えていった。


がーん。


そんなこんなで厳しいスタートだったが、
無事に現地に到着。少し遅れることを電話で
伝えてあったので、必然的に最後の番号になっていた。

9番。


意外に少ないですね。一人ずつ個室を与えられる。
寝不足と風邪と空腹で、手ががたがた震える。
ひとまずは、オーディション必須アイテム、
バナナを口に放り込む。少し落ち着く。

もうオーディションはスタートしている。
いつもの基礎練習を始めて体を慣らす。

モーツァルトは、ゆっくりコマ送り練習をする。
最近掴んできた感覚を復習。
「肘で操作し、
 みぞおちで集め、広げ
 膝で支える。」

ふむ。
雑音がなく、前よりクリアな音になった気がする。
しかし、冗談抜きで本当に練習をしていない。
三日前に本番三日前だと気づいたくらいだ。笑。
練習せずに、音がよくなるなぞあるのだろうか。
「気のせい」なのか、本当によい方向にいっているのか。
今日一つの答えがでる。


一次は予想通りカーテン審査。

笑顔の素敵なピアニスト。
反応がよく、弾きやすい。
出だしはやっぱり難しい。

余裕を持って丁寧に。
小川の流れのように。
あのトリオの演奏と空間をイメージ。

展開部の前でとめられた。
カデンツを弾き終わると、
なんと何人かの人が小さく拍手をしてくださった。
こんなことは初めてだ。嬉しい。


すぐに部屋に戻って、髪を逆立てて
ぴよぴよ汗を出しながらオケスタを
必死で練習していたら、間もなく
団員さんが入ってきて、
「君9番?おめでとう!二次に進んだよ。
ドンファン、モーツァルト39番、Verkaufteの三曲ね」。
喜ぶ暇もなく、必死に練習再開。


カーテンは取り払われて、2次試験。
ざっと30人くらいはいるだろうか。
多分ヴァイオリンセクション全員だろう。

最後の瞬間まで練習に没頭していた私。
緊張する余裕もなく(?)
ある意味ものすごい集中力で弾く。笑。

状況がよく分からなかったが
残った人をみてみると、
どうやら3人が二次に進んだようだ。


また部屋に戻り、今度こそ
死ぬ気で練習!!!!

何しろ、数あるオケスタの中でも
絶対に弾きたくない断トツナンバーワンの
シューマンのScherzoが課題なのだ!!

ああああああ。
弾けない弾けない弾けない!!
まずもって、ポジションが嵌らず
音程が異様に難しい。移弦も難しい。
少し解決の糸口が見つかったところで
自分の番が回ってくる。

はぁ。。。


「あの、コレ、今ここで皆さまの前で弾くのでありますか??」

と口にはしなかったが、顔全面にそう書いてあったと思う。
勇気を持って始めるが、案の定、ひどい有様。
ええ、もういいよ、やめよう。
ところが、キリがよいところでも止められない。
「続きもまだ弾きますか?」と聞いたら
「JA.」と笑顔のお姉さま(たぶんコンミス?)。
あああああああああああ。時よ止まれ!!
それでも何とか弾き終わり、会場を後にする。


しかし、それは私だけではなかった。
部屋に戻ると、他の二人も、「あああああ」と
同じように頭を抱え叫んでいた。笑

「このオケスタは、本当に難しすぎるよね!
 有り得ないよね!音程なんてなかった!!」
我も我もと、傷のなめ合いをする3人。

感じのよいお二人。中国人(?)とドイツ人。
しばらく話に花が咲く。
ベルリンからとドレスデンかららしい。
結構遠くから来ているのだねぇ。



しばらくして、団員さんが登場。
「おめでとう」と握手をしたのは、
ベルリンから来た女性だった。


ちょっと残念。

でも、まぁ、練習してなかった割に
よく頑張ったぞ私。
ひょっとして練習しない方が、よいのか?!


何人かの団員さんが声をかけてくれた。
「とてもよかったよ。特に君のモーツァルトは
 本当に素晴らしかった!ほぼ全員が票をつけていたよ。」
「ん?シューマン?ああ、あれは皆ぐちゃぐちゃだったから
 (がーん)、気にする事はないよ。ああいうものさ。ははは。」
「いやーモーツァルト本当によかったよ!
 ドンファンは、もっとモテモテの男の人!!という
 勢いのある感じが欲しかったなぁ(なるほど。)。
 あの曲は、もっと聞かせちゃってよいと思うよ。
 あと、オイリアンテも、出だしからもっと
 元気溌剌に、いってほしかったねぇ。
 でも、このままあなたの道をきちんと進んでいけば
 どこか必ず決まるでしょう。大事なのは振り回されず
 自分の方向性を見定めること。今回も、惜しかったけど
 だからといって、次でまた違うことをするのではなく
 そのまま頑張ってね。すごくよかったよ。」

じーん。
優しく嬉しいお言葉の数々に涙が出るぞ。
ありがとうございます。

今の方向性も間違ってないのだと分かってよかった。
何が変わったのだろう。
実際に練習はほとんどしていない。
ほんに、不思議だ。

練習出来なかったことで、
変な癖がとれた。
「聴く」ということに関して原始的に戻れた。
楽器を弾く事を心から楽しめるようになった。
曲に対して、フレッシュな感覚で臨めた。

よい録音(トリオ)に出会い、それを一日中聴いていたことで
音程に対する感覚ががらっと変わった。
音楽とはこういうものだったのかと気持ちが楽になった。



ゼロにもどること。
新しい画用紙で常に描くこと。
よきモデルを見つけること。
本物に触れること。

習慣の中で弾かないこと。
常に発見すること。
小さな世界に逃げないこと。

チャンスを大切にすること。
経験から学ぶこと。
経験を次に活かすこと。

analyzeとcreateは同時進行しないということ。
インプットとアウトプット。



明後日から、しばらく旅行。
明日一日で、風邪治さないといけません。

ドイツは到る所でストライキの嵐。
今日は鉄道も飛行機も。
無事に旅立てる+帰還できるだろうか。



今日の言葉*
「芸術といっても、なにも絵を描いたり、
楽器を奏でたり、文章をひねくったりすることでない。
そんなことは全くしなくても、
素っ裸で、豊かに、無条件に生きること。
失った人間の原点をとりもどし、強烈に、
ふくらんで生きている人間が芸術家なのだ。
いま世間で芸術と思っているのは、
ほとんどが芸術屋の作った商品であるにすぎない。
ぼくが芸術というのは生きることそのものである。
人間として最も強烈に生きる者、無条件に生命をつき出し爆発する、
その生き方こそが芸術なのだということを強調したい。
芸術は爆発だ。」
(岡本太郎)


写真;本屋さんでぱちり。
    世界のHaruki Murakamiデスネ。



    
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by sachiolin | 2008-03-06 11:32

マタイ受難曲

マタイ受難曲の三夜連続の本番。
昨日やっと終わった。
教会の本番は、尋常じゃなく寒い!!
昨日もG.P.を終えて外にでたら、外の方が
まだ耐えられる寒さだったりして。
昨日も寒いとわかっていたから、
着れるだけのものを着て、雪だるまのような
格好で弾いていたのにも関わらず
まんまと風邪を引いてしまった。
休憩をはさんで、第二部からは、
頭痛がひどくなり、朦朧として、
レチタティーボなんて、入れないのなんの。。

それでも、昨日の本番は三日間で一番
お客さまもたくさん入り、よい本番だったと思う。


さて、今日はなんやかんやと
やる事があり、やっと夕方に楽器を
取り出して弾いた。

それにしても、楽器を弾くのが楽しい。

右手の痛みを持ってから随分
弾いていない時間が長かったが、
逆にそれがよかった。
弓の持ち方などもいろいろ変えて、
それが功を奏して、弾けなかったところが
いつの間にか弾けるようになっている(気がする・・・^^;)。
肩の変な凝りが無くなったのは確か。
これぞ怪我の功名なり。


今夜は雪が降るとか。
また冷え込んだドイツ。



今日の言葉*
「人は自分以外のもののために生きられるようになって
 はじめて生のスタートを切る。」
(アインシュタイン)
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by sachiolin | 2008-03-05 02:07