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わたしの心の風景メモ。 


by sachiolin
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<   2007年 06月 ( 5 )   > この月の画像一覧

かけら◆5

日々思いついては消えていったり
日々他からもらってはためていったかけらを、
たまに書いていこうかなと。

本日5回目の試み。

基本的にごちゃごちゃのメモなので、
あしからず…。
ごちゃごちゃが、いつかどこかで
繋がったりしたら面白いなぁ~


◆ファンタジーとイメージを結婚させる

◆心に毒を持て
 心に太陽を持て
 
◆「自分という存在は
 この全世界、全宇宙の一部でしかない」
 「自分の音を喜んで聴け」
 
◆意識できていない音を
 間違った音を
 決して出さないと
 まずは心にしっかり決める。
 音を出す前に、genau想像。 

◆Denksports

◆klingen lassen +
 frei lassen

◆弓で呼吸する

◆瞬間で掴まえて 瞬間で解放する
 
◆流れも響きもとめない

◆場面をばっと変える
 変わるその瞬間が大事→後はlassen

◆音の塊。塊で聴こえてくる音

◆降りついた音が低い×

◆何か確実なものがあるから、自由になれる
 (まずは確実なものを作ること)
 (何も無いところから自由になれない)

◆大らかに、大きく、明るく

◆音のイメージを変えちゃうこと
 
◆フレキシブルであること。
 考え方も生き方も音楽も。

◆次が想像できるように弾かない
 (全く想像できないような
  音楽の流れ、場面転換、音色)

◆肯定的に

◆際で弾く
 崖っぷちで弾く
 
 時間の使い方、間の使い方
 音の出し方

◆心を与えること、心を全て与えきること。
 弾ききること。

◆hoerbar,fuehlbar

◆頂上に登ったら、見渡す(ハイポジション)。
 下から齧りつかない。
 
◆意識がどこに向かっているか?
       向かってしまっているか?
 音楽に?楽器に?楽譜に?聴衆に?

◆キャラクターの捉え方、フレーズの捉え方

◆おもちゃのように、遊ぶように
 家を建てていく
 町を作っていく
 ....
......
 曲を作っていく


◆基礎を上げる事。ちみちみコツコツ。
 積み上げ続けることの大切さ

◆社会性を持つこと
 関係の中で生まれること

◆腕が全ての位置を把握
 指はぱたぱた

◆ポジション移動 
   ・Ton fuer Ton 
・in Tempo
   ・次の/前の音の指で
 ・イメージだけで(猫のように)

◆お金を払ってでも聴きたいと思わせるか

◆プロの根性と覚悟
  飯が食えるか→命をかけているか

◆音楽がそばにいること。
 弾くことだけに集中しない

◆音に集中すること

◆始めの音をよくよく聴くこと

◆全体を見渡せているか?
 弾く前に全体を把握できているか?
  ・ここがあるからあそこがある
  ・あそこがこうだからここがこう

◆弓と弦の、指と弦の
 方向性、角度、重量関係

◆比喩を言えるようになる
 →共通点(×違い)を見つけられること

◆selbstbewusst

◆右と左で音楽をつくる

◆楽器が鳴る音程、表情のある音程

◆頭の重さ。
 頭は重く、楽器は軽い。

◆弓を持てるようになる→
 弓を持たないようになる→
 弓を解放できるようになる

◆wohl fuerhlen mit der Geige
mit den Bogen

◆近視眼的にならないこと 
 広く、大きく見ること

◆弦を引っ張らない。上からまっすぐ(重み)
 親指リラックス

◆スピードが一番乗ったところで、弓を返す。
 Vib.が一番乗ったところで、シフトをする。

◆次の音のことは考えない。
 ぎりぎりまでめい一杯歌う

◆遊びを作る→余裕ができる、自由になる

◆現実的なコト、問題、解決策

◆一言われて 十学ぶ
 十考えて  一言う
 十試して  一言う
 
◆枝にとまる鳥≒弓の使い方
 →動きを吸収、逆らわない力

◆ムチの動き。そのまま返す。

◆じっとりとした音

◆淀みない動き

◆空間を広げる
  ・弓を増やしていく
  ・跳躍で反対方向に引っ張る
   (自分も一緒に行かない)

◆深層筋と上層筋(?)の意識
 持続と瞬発力

◆プロ意識と問題意識

◆一概には言えない
 一概には言わない

◆弓と弦との接点。
 弓と指との接点。
 弦と指との接点。

◆次の音につなげ練。移弦、和音

◆顔の向き

◆両腕ー鳥の翼のように。
    肩甲骨の自由な動き。
    腕の付け根からの動き。
 下からの気流を受けてきれいなアーチ
 GDAE-風向き違う。上手くとらえる

◆自分の弱さを知ること。否定しないこと。

◆音楽の意味づけ

◆速いパッセージーーー右手で弾く?
           左手で弾く?
  左右のバランス  
 
◆左指のアーティキュレーション
 左下腕の回外

◆自分より音が先に飛び出さない
 音の半歩前を行く

◆竜巻のように
 大波のように
 聴いている人を引きずりこむ、吸い込む

◆演奏する上でのエゴの境界線

◆正直であること
 素直であること
 大らかであること
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by sachiolin | 2007-06-23 21:25 | かけら◆ | Comments(0)

境界線

今日は1日変に体が重かった。
多分天気のせい。

ここのところ、晴れたと思ったら
突然雷雨が襲ったり、変なお天気。

夕食後、起きていられないほど
体が重くそのままベットに
横になった。

自分の旅の写真をいろいろ
見ている夢の途中で、
窓に叩きつける雨の音で
目が覚めた。

眼鏡をかけて、薄目で
部屋の片隅でかちこち音を鳴らしている
時計に目をやる。

5時か。


ちょっと早く起きてしまったがいいか。
夜が明けるまで何しよう。

窓を開けてみる。
相変わらずの横殴りの雨
風も冷たい。

ふと猫のことが気になった。
玄関の郵便受けの下のダンボールで
くるっと丸まっていたトラ猫。
目が異様にきらきらしていて
撫でると気持ちよさそうに目を細める。
あいつはどこへ行ったのか。
最近見かけない。
寒さに震えていないといいけれど。

動物は好きだが、あまり触る事ができない。
所謂アレルギー持ちで、特に猫は、
あまり長く一緒にいると、
呼吸が苦しくなって、湿疹が出る。
猫好きの友人たちが、おいでおいでと
抱き寄せているのを、少し羨ましく見る私。


なんとなしに、外の様子を伺った。
雨が激しく大地を打ちつける。
5時だというのに、いくつかの部屋に
ちらほら電気が灯っている。
おかしいなと思ってもう一度
時計をみたら、0時25分だった。


はてと。


明日は本番だった。
プロコフィエフのソナタ2番。

レッスン後の帰り道、
私の横で歩くピアニストが言ったことが
頭から離れない。

「先生はさ、おもちゃで遊ぶみたいに、
木を植えたり、橋をかけたり、
建物を建てたりして、一つの曲で
一つの町を作ってしまえるんだよね。」

そうなのだ。だから自然だし面白い。
否、楽器を弾くこと自体、
まるでおもちゃで遊ぶようだから
町も遊んで作れるのかな。

今日は、一瞬その感覚を持てた。
音楽で遊んでいる感じ。
楽器で遊んでいる感じ。
囚われないで、毎回違う町を作る感じ。



ミルシュタインの話しをしていたときに、
先生がぼそっと言ったことが忘れられない。

「er spielt
sehr persoenlich,aber nie egoistish」

実に不思議だと唸っていた先生。
個人的であることと
エゴの境界線。
大事な境界線。

作曲家の残した台本の代弁者である
演奏家というのは、もちろん
何度も聞く、所謂「楽譜に忠実に」という
科白を、いつもオデコに貼っていないと
いけないのだろう。楽譜に残された
おたまじゃくし達の踊りが、全てであり
それを勝手に並び変えたり作り変えたり
してはならないのだろう。
ただ、作曲家たちが、強烈なパーソナリティー
を持っていたのと同じく、私たち演奏家の
パーソナリティーがじわりと音の間から
染み出るのが、こうやって、昔の楽譜から
掘り起こして、今弾くことの面白みでも
あって、私たちが今こうして生きている
意味でもあるような気がする。

作曲家もひとりの人間であり
演奏者もひとりの人間であり。


ただそこで、代弁者のわたしたちが、
お客さんにそれを語りかけるとき、
そこに個人的なものが滲み出るか
エゴが押し出されてしまうかという
その境界線は確かに不思議だ。


確実に「その人」が
切実に語りかけてくるにもかかわらず、
音楽そのものがダイレクトに
心に語りかけてくるとき
人は心を震わせるような気がする。

これは心そのものの問題であって、
より多くのことを感じる心をもてたら
より多くのことを表現できるのだろうし
結果的により多くのことが伝わるのだろう。
もしくは、
より少なくてもより深く感じることができれば。

そういう意味でいって、
年を重ねていくことは、味わい深そうだ。
同じ音楽を聴いても
同じ映画を観ても
昔感じなかったことを感じるようになったり
昔と違う場面で涙が溢れたりしたとき
急に自分というものが、音楽や映画を
通して透けて見えてきたりする。


エゴにならないすすめ。
境界線を越えないすすめ。

何行前かに書いた
「音楽そのものが語りかけてくるとき」
というのは、つまるところ、
演奏者の体と心を通して、
作曲者の魂が透けて見えてきたとき
なのだから、そういう意味でいって
演奏家は、リトマス試験紙のようでありながら
音楽の場合、
アルカリ性か酸性かだけではなく
もっとたくさんのことを、
そして、
目に見えるだけでなく
耳に聞こえるだけでなく
心に響かせることが
やっぱり必要だから、やっぱり難しい。
けれど、だから、やっぱり面白い。


内田光子さんのことば。
彼女の演奏は、私にはドラマティック過ぎて
どうも相性がよくないようなのだが、
シンプルに語られたこのことばは、
すっと心に入ってきた。


今日の言葉*
「演奏者の仕事はただ一つ。
楽譜に書かれていることを、音として
聴けるようにすること。そして書かれていることを
解釈しようとすることです。だから、書かれてある
ことが、絶対的で全てです。
でも私が思うに、どこにも書かれてないものが
あります。それが何であるかははっきりとは
説明できないのですが、私は全ての音楽作品に
魂のようなものがあることを感じます。
私が内心で行おうとしていること、
それはこのまったく説明しがたい何ものか
ーつまり音楽の魂ーを捉えることなのです。」
(内田光子)
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by sachiolin | 2007-06-18 09:57 | 考〇 | Comments(0)

空とグトンのこと

今日の空はすごい。

真っ白の雲が、もくもくと湧き上がって
青い空に浮かんでゆったりと移動している。


自転車をきこきこ漕ぎながら
自分の頭の上で起きている世界に
ぼぅっと引き込まれてまった。


夏なのだなぁ。





昨日は、教授と学生の
室内楽のコンサートを聴いた。
何しろフランシス・グトン
というチェリストが素晴らしかった。
Stuttgart歌劇場の主席チェリストだが、
来期からここの大学の新しい
プロフェッサー就任が決まった。
半分の席なので、兼任していくのだろう。
その昔古澤巌さんとのアンサンブルで
日本でも活躍していたチェリスト。

音がひとつの巨大な塊となって、
聴こえてくる。一体何て深い音だ。

音楽に対する姿勢が
自然で柔軟で、無理が無い。
あの距離いいなぁ。
自分と音楽と楽器とのあの距離感。

耳が極度に開いていて、
すごいアンテナ。
何というアンサンブル能力。

弓と弦がくっついているみたい。
一音一音をしっかり掴まえているのが
よく分かる。


う~ん
チェロっていいですねぇ。
室内楽っていいですねぇ。


メモ+++++
「ファンタジーとイメージを結婚させること。」



今日の言葉*
「それでも己は物に動じないということを
必ずしもいいことだとは考えないのだ。
驚く、これは人間の最善の特性ではあるまいか。
驚き打たれてこそ、巨大な神秘に参入しうるのだ。」
(ゲーテ/ 「ファウスト」より)
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by sachiolin | 2007-06-16 23:39 | Comments(0)
初めてamazon.deを使って
買い物をしてみた。
映画一本と本を二冊。

注文した次の次の日には、
もうお手元に。

便利~



google earthでしたっけ?
世界中の町をカメラでズームインして
見ることのできるシステム。
大きい大陸から山並みや川が見えてきて
そのうち家一件一件まで見えてしまう。
まるで世界中を旅しているようだ。

今は技術ももっと進んで、
人が何しているかまで見えてしまうようで?

テロに使われる危険がある
とか
プライバシーの侵害だ
とか
ニュースのお姉さんが言っておりました。


確かに。



今日は図書館で色々な映像を。
ヴェーグ指揮のウィーンフィルとか
グレングールドとシュムスキーとか
ロミオとジュリエットとか。

一番心に残ったのは、
憧れのヴァイオリニスト、ミルシュタインの
ドキュメント映像。晩年のインタビューで
おそらく70歳(80??)過ぎ。事故により手を怪我して
ヴァイオリンが弾けなくなったとは知らなかった。
若い頃のキリッとした刃物のような
鋭さしか見た事がなかったから、
少し太って、老眼鏡をかけて、ピアノを
ぽろぽろ弾きながら、ゆっくり話すその姿に、
何だか力が抜けるとともに、その本質を
見たような気がした。

時間が無くて全ては見切れなかったが、
自分の人生について、音楽について、
友人について、奥様も登場し、
かなり事細かに語っている。

こんな映像があったとは!
しかもこんな身近に!


どんな時も研究を重ね、
指使いもいつもいつも色々試していた。

「本番直前のリハーサルでも
違う指使いを試すのですか?」と聞くと
「いや、本番中にもだよ…(にやり)!!」

すごい…。


当時の人気ヴァイオリニスト、イザイのところへ訪ねにいった話。
「イザイさんにヴァイオリンを 聴いていただきたくて、参りました!」
玄関に出てきたのは奥様。
「あらぁ、今ね、主人はお昼寝中なのよ。
うーん困ったわね。あなた何が弾けるの?」と
少々バカにされたと思ったミルシュタイン青年、
「パガニーニのカプリス全曲弾けますっ!!」
と怒鳴りかえした。その声があまりに大きかったのか
イザイ本人が、すっぽんぽんで(笑!)登場。
演奏をして、認められたミルシュタイン。

「で、どれくらいイザイの下で勉強したのですか?」
「3週間、いや三日だよ。(笑)
彼のところでは、音楽の勉強はしなかったな。
ただ、その普通ではない人格そのものから
何かを学びとることが多かったんだよ。」


後にトリオを組む事になった仲良しの
ホロヴィッツとクライスラーの演奏を
聴きに行った事もあったようだ。
「二人とも感動どころの騒ぎではなかった。
あまりの素晴らしさに、呆然として
拍手が止んでも、二人でずっと席に
座ったままだったんだ。何もできなかった。
そのうち人が呼びに来た。もう演奏会は
終わりましたよと。ふふ」

あのオイストラフも、クライスラーの
生演奏を聴いて、大ショックを受け
全くスタイルが変わったという。

クライスラーの録音は私も
大好きでよく聴いている。
昔の人は、すごかったなぁ。
つくづく。



晩年のリサイタルの場面もあった。
そのあまりの美しさに、涙が溢れるのを
とめられなかった。
何と澄んだ美しい音だろう!
何と心に響く音楽だろう!


「音楽を愛し生きていることが
出来たら、何よりの幸せだ。」
と語るミルシュタイン。


一度でいいから生で聴いてみたかったものだ。
昔の人はすごかったなぁ。
つくづく。



今日の言葉*
「霊感が与えられた者は、
異なった光の中で物事を見る」
(プッチーニ)
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by sachiolin | 2007-06-15 08:33 | Comments(0)

観2■赤毛のアン

もう100回は観たという友人と、
ずっと観よう観ようと言っていて
なかなか観るチャンスが無かった、
赤毛のアン(映画版)。
何しろ約3時間。
でも、あっという間の3時間だった。
久しぶりに沢山泣かされましたよ。
こういう映画って、いくつになっても、
否、時間を経るからこそ、味わい深いものだ。


本物の愛情というのは、
いいカタチで蓄えられ、
いいカタチで育まれ、
いいカタチで伝染していくのだなぁと
思った。

アンとマリラとマシューと
アンとダイアナと
アンとギルバートと
アンと先生と。


愛することの大切さ
愛されることの尊さ
許すことの大切さ
許されることの尊さ

心に炎を灯し続けることの大切さ
自分自身を映す鏡を持つことの大切さ



映されるどの景色も、
まるで一枚の絵画のように美しく、
それだけでも、心がアラワレル。

孤児から美しい女性へと変身していく姿を
見事に演じきったアン役のミーガン・フォローズは
勿論のこと、名作の掟通り、脇役も素晴らしい。
特に、マリラとマシューの味わい深さ。
マシューの演じる老人の佇まいというのは、
格別で、科白を口にせずとも、ただそこにいるだけで
涙がじわりと溢れそうになる。
老いていくことの尊さと恐ろしさと美しさが
漂っていて、その目にも顔の皺にも、その全てが
刻まれ、語りかけてくる。

人は生まれてから、ただひたすら
死に向かっているのだと、どこかで気付く。
老人になればなるほど、時間というのは
どんどん遅く流れていくのだろうと
思っていたが、実際は逆なのかもしれない。

私はまだまだ必死に歩いているところ。
これからもトコトコまっすぐ歩き続ける。
さぁてどんな道が待ち構えているかしらん。



今日の言葉*
「あくまでも自分自身のためにやっていることが
より真剣であれば、それは結果として、他の人
たちの参考にもなるでしょう。それが自然だし
それで十分だと思います。」
(甲野善紀)


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by sachiolin | 2007-06-01 09:51 | 観■Film | Comments(0)