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わたしの心の風景メモ。 


by sachiolin
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カテゴリ:思〇( 56 )

この世界はこんなにも
やさしさに包まれていたんだなぁ
と気づく日々

本当のやさしさは
あまりにあたりまえで
通り過ぎていくし
忘れられていく

ありがたい
ありがとう

お父さんを亡くした友人が、そのことを話してくれたときに
「でも、世界は、やさしいなぁって…」と
ことばを詰まらせていたのを思い出す。

そのときの友人のやわらかで美しい空気とともに、
その言葉がずっと心に残っていた。
今はそのことが、やさしさのことが、
なんだか分かる気がするよ。

涙がでる。


そして、ユーミンの歌を思いだす。
この歌のまんまだ。ユーミンってすごいな。






今日の言葉*

小さい頃は 神様がいて
不思議に夢を かなえてくれた
やさしい気持ちで めざめた朝は
おとなになっても 奇蹟はおこるよ
 
カーテンを開いて 静かな木漏れ日の
やさしさに 包まれたなら きっと 
目に映るすべてのことは メッセージ

小さい頃は 神様がいて
毎日愛を届けてくれた
心の奥にしまいわすれた
大切な箱 開くときは いま

雨上がりの庭で くちなしのかおりの
やさしさに包まれたなら きっと
目に映るすべてのことは メッセージ

カーテンを開いて 静かな木漏れ日の
やさしさに 包まれたなら きっと
目に映るすべてのことは メッセージ

(ユーミン)
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by sachiolin | 2016-02-19 00:09 | 思〇 | Trackback | Comments(0)

「自分」というのは。

以前にも、自分だけのかなしみではない、
太古の昔から続いてきたかなしみ、
茫漠たるかなしみのようなものを感じたことがあったから、
今日の話は、結構腑に落ちた。
それがそうであるにせよ、そうでないにせよ、
「自分」というのは、なんとまあ広いものかと思う。
かこっているつもりでも、篭城しているつもりでも、
隠れているつもりでも、たくさんの人のかなしみや、
よろこびと、つながっている。そう考えていくと、
よい意味で「どうせ自分、されど自分」と、感じられる。
肩の力が抜け、そして、それと同時に襟を正したくなる。
自分というのは、ひとりであり、またひとりではない。
小さくもあり、また大きくもある。
自由であり、不自由でもある。
限りがあり、また無限でもある。
そこには責任と選択があり、そしてまた天意がある。
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by sachiolin | 2015-07-11 01:41 | 思〇 | Trackback | Comments(0)

植物を見ていると

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町で見かける植物がすごく美しい。植物を見ていると、昔、友人が話していたことを思い出す。完璧な人間なんてどこにもいなくて、編まれて、ほつれて、絆されて生きていくのかもなぁ。人生って不思議。うまくできない自分をゆるし、見守ってくれている人に、周りに、ひたすら感謝して、朗らかに生きていきたいですなぁ、紫陽花さんよ、と話しかけた午後。

「植物をみていると、みんな千切れたり破れたりしながらも、お構いなく美しいし、哀しみやら、傷付いたことは、別に愛やら何やら、他の何かで埋めなくても
いいものなんだって思ったよ。葉っぱが千切れました。あ、そうですか。はい、生きてます。みたいな、そんな気分だったの。みんな何かしら千切れたり欠けたりしていて、そうゆう人が出会って、先に進んで、生きていくのだなぁ。と、思うよ。」


今日の言葉*

“さぼれ、さぼれ。今日はみんな気持ちよくさぼってみたまえ。
街を意味もなくぶらぶらしろ。映画館に行け。脂っこいものを食え。
人に迷惑をかけろ。約束を破れ。変な服を買って着ろ。
大事なものを捨ててしまえ。言っちゃいけないことを言え。
(糸井重里)”
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by sachiolin | 2015-06-10 01:24 | 思〇 | Trackback | Comments(0)

ほわわんと広がる

愛は、行為ではなく状態。
愛する、愛されるではなく、
ましてや、与える、奪うでもなく、
愛そのものであること。
水のなかに広がる波紋のようなもの。


今日の言葉*
生きているということは、それだけで無限に与えられているということ。
無限の恵みの中で、人はたくさん失って、傷ついて、かなしんで…。
失うことばかりに目が向くときは、「ありがとう」と言ってみる。

森田真生さん
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by sachiolin | 2015-02-17 02:17 | 思〇 | Trackback | Comments(0)

成人の日になると

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成人の日になると、毎年、谷川俊太郎さんの詩を思い出す。
はて。ハタチのころ、何してたかな。若かったような、
今とあんまり変わってないような(。-_-。)

最近今までの人生を振り返り感慨にふけること多し。
生きてるって不思議だな〜。
楽しいことも、かなしいことも、
嬉しいことも、泣けることも、
それなりにいろいろたくさんあった気がする。

どんな仕事につこうと、どんなことが起きても、
人間は生きていることそのものが仕事なんだろうなって感じる。
いのちを与えられているからには、きっとそのいのちを
ほがらかに生きるという役目があって。

だから、いのちの力は儚く、強い。
それだけ日々が尊く、光が眩しい。

watch the world

「成人の日に」
人間とは常に人間になりつつある存在だ...
かつて教えられたその言葉が
しこりのように胸の奥に残っている
成人とは人に成ること もしそうなら
私たちはみな日々成人の日を生きている
完全な人間はどこにもいない
人間とは何かを知りつくしている者もいない
だからみな問いかけるのだ
人間とはいったい何かを
そしてみな答えているのだ その問いに
毎日のささやかな行動で
人は人を傷つける 人は人を慰める
人は人を怖れ 人は人を求める
子どもとおとなの区別がどこにあるのか
子どもは生まれでたそのときから小さなおとな
おとなは一生大きな子ども
どんな美しい記念の晴着も
どんな華やかなお祝いの花束も
それだけではきみをおとなにはしてくれない
他人のうちに自分と同じ美しさをみとめ
自分のうちに他人と同じ醜さをみとめ
でき上がったどんな権威にもしばられず
流れ動く多数の意見にまどわされず
とらわれぬ子どもの魂で
いまあるものを組みなおしつくりかえる
それこそがおとなの始まり
永遠に終らないおとなへの出発点
人間が人間になりつづけるための
苦しみと喜びの方法論だ
 
谷川俊太郎
詩集「魂のいちばんおいしいところ」
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by sachiolin | 2015-01-13 02:59 | 思〇 | Trackback | Comments(0)
「相手に同調するのはほんとうのやさしさではない。
同調するから自分もしんどくなる。
相手を何とかしようというのは緊張につながる。
こんなのはどう?と提案する方がゆるむ。
自分はこんな音をだす、こんな音楽をするという
生き様をみせるのが、ほんとうの先生だよ」
と、最近言われたのを思い出した。

ほんとそうだな。

「あの人ならどうするか?」
という存在がいることはありがたい。
そう思える存在は、誰でも先生なのだろうと思う。
実際に会っていなくても。
映画監督のビリー・ワイルダーは、師匠のエルンスト・ルビッチを
敬愛していた。壁にはいつも「ルビッチならどうする?」
と書かれたものを貼っていたそうだ。

「あの人ならどうする?」

私にも、何人かそういう存在がいる。ありがたい。

この世界に飛び込んでいきたい!
それから無我夢中で歩んできて、
随分時が経ったものだけれど、今は、
たくさんの人に与えてもらったものを、
ひとりひとりに手渡しできている感じがする。
そのことがとても嬉しいし、感謝しかない。

「give and take」ではなくて、「give and give and give」
なんだなと感じる。そして、音楽って素晴らしいなぁ。



今日の言葉*

「感情も、単なる生命現象にすぎないから。
おー、これもまた、せーめーげんしょーだーって、
ただそうやって眺めてると、どーでもよくなるよ。
いちいち理由とか原因とか考えすぎ。
それもほんとどーでもいいから。
自分を痛めつけるだけだから。」
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by sachiolin | 2014-11-24 22:48 | 思〇 | Trackback | Comments(0)

美しきもの。

「美しきものに出会うことに
微塵もためらうな。
美しきものに翻弄されることに
微塵もためらうな。
その美しきものは自分の内に
もともとあったものだ。
その美しきものに出会えたら
その灯火を内に秘め、絶やすでないぞ。」


真善美という言葉がありますが、
美を発見しそれを心底信じられると、
心の内にあたたかい炎がポッと灯るのを感じます。
そしてそこから、おのずと真が手繰り寄せられ、
善はすでにそこにあるという気がします。

人によっては、真を手がかりにする人もいるし、
善を始めにする人もいるだろう。
わたしの場合は、美のようだ。

どのような道筋であれ、
その人のなかの
真善美が調和されてゆくと、
内なる平和が訪れる。

世界の平和というのも
ひとりひとりの平和から
始まる気がします。

"Peace of I"



今日の言葉*
「愛というのは、距離感」
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by sachiolin | 2014-10-24 13:36 | 思〇 | Trackback | Comments(0)

ラジオ

人間はラジオのようなもので、
波が同調すると、その人のことばも、
音楽も、物語も、受信できるようだ。

受信できないときは、
チャンネルの回し方が
正確ではないか、
その人の放送、お休み中。

再開(再会)楽しみにしているとよい。
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by sachiolin | 2014-10-18 20:37 | 思〇 | Trackback | Comments(0)

オープンであること。

オープンであること。

自分の心に正直であること。

ことばで伝えようとすること。

きちんと向き合うこと。

恐れを手放す勇気と意志を持つこと。

ありがとうと口にすること。
大切だなと思う日々。


今日の言葉*
“世界はあなた自身の延長であり、
世界は複製され、増幅された
あなた自身なのです。

クリシュナムルティ
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by sachiolin | 2014-08-29 10:28 | 思〇 | Trackback | Comments(0)

思○ カランとした人

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心にも体にも
スキマがあるとよい。

一緒にいて
なんだか気持ちのよい人は
スキマがある。

生きていると
たくさんのことが起き、
たくさんの人がいて、
たくさんの思いがある。

いつの間にか、
スキマがなくなる。

一緒にいて
気持ちのよい人は
スキマがある。

風が通っていて
カランとしている。

ガランではない。
カランなのである。

ガランというのは、虚無である。

虚無は、もしかすると、いちばん
気をつけねばならないものだ。
それは、深淵であり、穴である。
もしくは、夜である。

夜から抜けられなくなると、
なかなか大変である。
虚無に足をからめとられると、
なかなか大変である。
虚無は、自分を巣食い、
そして自分を見失うのだ。

ガランではない。
カランなのである。

カランというのは、
たとえば、楽器である。
空間である。音である。
空洞である。響きである。
風である。葉のそよめきである。

鈴の音である。
氷の音である。

スキマのあるところには、
さまざまなものが訪れ、
そして出てゆく。無限に広がる。

打てば響くというように、
楽器も人も空間も、きっとカランとしてるとよい。

スキマは、多分きっと
つくれるのだと思う。

ふと空を眺めることから
きっとはじめられる。
ふと一人になることから
きっとはじめられる。

宇宙は、いつでも
カランとしている。

夏休みは、カランとするのに、
もってこいの時間だな。


今日の言葉*
日本の親は、「人に迷惑をかけないように生きなさい」と教えますが、
インドの親は「お前は人に迷惑をかけて生きているのだから、
人のことも許してあげなさい」と教える。
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by sachiolin | 2014-08-01 10:18 | 思〇 | Trackback | Comments(0)