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わたしの心の風景メモ。 


by sachiolin
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カテゴリ:引用::( 60 )

どうか

どうか、後藤さんが、
奥様とあかちゃんたちを
抱きしめることができますように。


:::::::::::::::::::::::

私の名前はリンコ。シリアで武装グループに拘束されたジャーナリスト、後藤健二の妻です。彼は2014年10月25日に、私の元から離れました。それ以来、私は彼の解放のために舞台裏で休むことなく働き続けました。
私は今まで声を上げませんでした。というのも、健二の苦境に対するメディアの関心が世界中で騒ぎ立てられていることから、私は自分の子供と家族を守ろうとしたからです。
私たち夫婦には、2人のとても幼い娘たちがいます。私たちの赤ちゃんは健二が日本を離れた時には、わずか生後3週間でした。私は2歳の上の娘が再び父親に会えることを望んでいます。私は2人の娘が父のことを知りながら成長してもらいたいのです。
私の夫は善人で、正直な人間です。苦しむ人びとの困窮した様子を伝えようとシリアに行きました。健二は、湯川遥菜さんの居場所を見つけ出そうともしていたようです。私は遥菜さんが亡くなり、非常に悲しい思いをしました。そして、彼の家族に思いを致しました。家族の皆さんがどれだけつらい思いをされているか痛いほどわかるからです。
12月2日に、私は健二がトラブルに巻き込まれたことを知りました。健二を拘束したグループからメールを受け取ったときです。
1月20日、私は湯川遥菜さんと健二の身代金として2億ドルを要求する動画を見ました。それ以来、私とグループとの間でメールを何回かやりとりしました。私は、彼の命を救おうと戦ったのです。
これまでの20時間で、誘拐犯は私に最新の、そして最後の要求と見られる文章を送ってきました。
「リンコ、おまえはこのメッセージを世界のメディアに対して公開し、表に出さなければならない。でなければ、健二が次に殺されるだろう。29日の日没までにサジダ(・リシャウィ死刑囚)がトルコ国境付近にいなければ、ヨルダン人パイロットも即座に殺害する」
私は恐れています。これは健二の最後のチャンスです。健二の解放と、ヨルダン人パイロットの命を救うには、あと数時間しかありません。私はヨルダン政府と日本政府に、二人の運命が委ねられていることを理解して欲しいのです。
同時に、私は両政府の懸命の努力に感謝しています。ヨルダンと日本の人々から寄せられる同情にも感謝しています。私が若いころ、家族の拠点はヨルダンにありました。12歳になるまで、アンマンの学校に通っていました。だから、私にはヨルダンとヨルダンの人々に、特別な感情と、思い出があります。
最後に、私は家族と友人、健二の同僚にも感謝しています。この3カ月間、私と娘たちを支えてくれました。
私の夫と、ヨルダン人パイロット、カサースベさんの無事を祈っています。
リンコ

My name is Rinko. I am the wife of Kenji Goto, the journalist who is being held by a group in Syria. He was taken from me on 25 October 2014, and since then I have been working tirelessly behind the scenes for his release.


I have not spoken out until now as I have been trying to protect my children and family from the media attention Kenji’s plight has created around the world.


My husband and I have two very young daughters. Our baby girl was only three weeks old when Kenji left. I hope our oldest daughter, who is just two, will get to see her father again. I want them both to grow up knowing their father.


My husband is a good and honest man who went to Syria to show the plight of those who suffer. I believe that Kenji may have also been trying to find out about Haruna Yukawa’s situation. I was extremely saddened by the death of Haruna and my thoughts go out to his family. I know all too well what they are going through.


I became aware that Kenji was in trouble on 2 December when I received an email from the group holding Kenji. 


On 20 January I saw the video demand for $200m for the lives of Haruna Yukawa and Kenji. Since then, there have been several emails between the group and me as I have fought to save his life.


In the past 20 hours the kidnappers have sent me what appears to be their latest and final demand:


Rinko, 

YOU MUST PUBLICISE AND EXPOSE THIS MESSAGE TO THE WORLD MEDIA NOW! OTHERWISE KENJI WILL BE NEXT!

If Sajida is not on the Turkish border ready for the exchange for Kenji by Thursday 29th Jan at sunset, The Jordanian pilot will be executed immediately!


I fear that this is the last chance for my husband and we now have only a few hours left to secure his release and the life of Lt. Mu’ath al-Kaseasbeh. I beg the Jordanian and Japanese Government to understand that the fates of both men are in their hands.


I thank the Governments of Jordan and Japan for all their efforts. I thank the people of Jordan and Japan for their compassion. My family was based in Jordan when I was young, and I went to school in Amman until I was 12 years old, so I have great affection and fond memories of Jordan and its people. 


Lastly I thank my family, friends and Kenji’s colleges for the support they have shown my daughters and me over the last 3 months. 


I pray for the lives of my husband and the Jordanian pilot Lt. Mu’ath al-Kaseasbeh.


Rinko

音声ファイル

リンク
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by sachiolin | 2015-01-30 03:17 | 引用::
いい話だ・・・・・
泣ける・・・
心があらわれる・・・・・


::::::::::::::::::::::::::::


アナンダの愛とマタンガの愛


 仏陀のいとこに、アナンダという男がいました。ある日アナンダは食べ物の施しを受ける托鉢に出かけました。のどが渇いたので井戸の前で足を止めるとそこにはマタンガという名の若い娘が座っていました。彼女は「ダーリット」、つまり「不可触賤民(ふかしょくせんみん)」と呼ばれる最低層のカーストに属していました。高いカーストの人々は、汚れるからという理由で不可触賤民に触れたり近寄ったりしませんでした。ですからアナンダが水を求めたとき、マタンガはこう答えたのです。「私はあなたに水を差し上げることはできません。私は不可触賤民で、あなたを穢すことになるからです」アナンダは言いました。「私達の教えにカーストの区別はありません。仏陀はわれわれはみな平等だと教えています。ですからあなたが私に水をくれても大丈夫なのです。私は穢れることもないし、恐れてもいません。」マタンガはとても喜びました。そして柄杓に水をすくってアナンダに飲ませたのです。彼は手を合わせて礼を言い、帰っていきました。

 マタンガはアナンダへの恋に落ちました。寝食を忘れ、彼がいかに美しく、正しく、優しい人かということばかり考えていました。何週間も眠れず、食事ものどを通らない娘を見て、母親は気を揉むばかりでした。

 ある日、托鉢に回っているアナンダに会った母娘は、食べ物の施しを捧げるために彼を家に招きました。家の中でふたりはアナンダに茶碗一杯の薬草茶を差し出しましたが、これが彼の明晰さを失わせたのです。お茶を一口飲んだアナンダは何かがおかしいと感じましたが、どう表現してよいものかわかりませんでした。けれども自分が危険な状況にあることはわかったので瞑想を始めました。何も言わず、何もせず、ただ座禅を組み、呼吸に従っていました。

 祇園精舎にいた仏陀は、アナンダが帰ってこないので心配し、ふたりの僧にアナンダを探しに行かせました。アナンダがマタンガの家で座禅を組んでいるところを見つけた僧たちは、彼らを祇園精舎へ連れて帰りました。激しく泣きじゃくっていたマタンガも一緒に連れて行かれました。アナンダが精舎に着く頃にはお茶の効果も薄れ、彼は仏陀の前にひれ伏して、連れ戻してくれたお礼を述べました。

 そこへマタンガが入ってきました。仏陀はマタンガに座るように言いました。「アナンダをそんなに愛しているのですか?」と仏陀は尋ねました。
 マタンガは「はい、私はあの人をとても愛しています」と答えます。
すると仏陀は「アナンダのどこを愛しているのですか?目?それとも鼻ですか?」と問うのです。
 マタンガは答えました。「あの人の目も、鼻も、耳も、口も、愛しています。アナンダがいなければ、私は生きてはいけません」
 仏陀は言います。「アナンダには、あなたがまだ見ていないものがたくさんあります。もしそれが見えればあなたはもっともっと深く彼を愛するようになりますよ。」
「それはどんなものでしょうか?」とマタンガは尋ねました。
 仏陀は微笑みました。
「アナンダの愛、アナンダの菩提心です。あなたは彼の目、鼻、耳、口しか見ていません。彼は若い頃、多くの人を助けたい一心で裕福な家庭を捨てて出家しました。アナンダはひとりやふたりの人とともにいるだけでは幸せになれない。そんな幸せは小さすぎるのです。だからこそ彼は僧侶になったのです。アナンダはたくさんの人を助けたいと願い、広い平等の心を持っています。ひとりの人だけではなく、何千人もの人を愛したいのです。アナンダの菩提心はとても美しい物ですから、もしそれがわかればあなたはもっともっとアナンダを愛するようになるでしょう。
 あなたがアナンダを本当に愛しているのなら、僧侶としてのアナンダの深い志を、彼の菩提心を、実現させてあげてほしいのです。アナンダは一陣の爽風のようなもの、もし独り占めして小箱に閉じ込めたら、爽やかな風は失われてしまいます。アナンダはまた青空に浮かぶ美しい雲のようなものです。もしつかまえて箱に入れ鍵をかけてしまったら、アナンダは死んでしまいます。彼の持つ最も美しいものがあなたには見えないばかりに、そうなってしまうのです。それが見えたなら、あなたは彼をもっともっと愛するようになります。それも、アナンダの助けになるような愛しかたができるでしょう。ちょうど、雲を美しい青空にそのまま浮かべておくことが、雲の助けになるように。
 美しい志をもっているのはアナンダだけではないのです。あなたも同じ、あなたにもその美しさがあります。本当にアナンダを愛し、その菩提心を見ることができるなら、あなたもアナンダと同じように生きることができます。まず自分の中の菩提心を見てください。そして、できる限り多くの人を幸せにできるような生き方をあなた自身がしていくと、アナンダに誓えばいいのです。」
 マタンガはこれを聞いて驚きました。
「私にはなんの価値もありません。私は最低カーストに属しています。他人を幸せにすることなどできませn」
 仏陀は言いました。
「いいえ、あなたはすでに人を幸せにしている。あなたはすでに、自分の中に美と善と真実を持っているのです。それらはすべての人が持っているものです。自分の中にある根本的な善、真実、美に触れることができるなら、それを信じて多くの人たちに幸せをもたらすことができるとわかるはずです」
 マタンガは尋ねました。
「本当にそうでしょうか?わたしも 出家して尼僧になり、何千人もの人を助けることができるのでしょうか?」
 仏陀は答えました。
「もちろんです。できないはずなどありません。あなたが菩提心を育むことができたら、あなたもアナンダのように多くの人に幸せを与えることができるでしょう。」
 マタンガの悟りは仏陀によって開かれ、彼女は地面にひれ伏しました。こうしてマタンガは尼僧となり、その愛は開かれ、計り知れぬほどに広がっていきました。
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by sachiolin | 2014-10-16 01:16 | 引用::
●(まず人間の居住条件として)狭い仮設住宅に3年間も押し込められているのは酷い(精神面での負担も大きい)。
●(チェルノブイリ事故後の避難地域設定に比べても)福島第一原発事故後に日本政府が定めた避難地域は狭すぎる。もっと広い地域がひどい汚染状態にある。

●年間被曝量が1m/Sv以下であるべきなのに、年間20m/Svにしているのは医学者として受け入れがたい。放射線量の計測も第3者が行うのでなく、業者任せというのは無責任。



●福島では、すでに子どもたちの喉に悪性腫瘍が見つかり、手術をした子が何人もいる、というが(20年以上も前で)技術水準も低かった当時(チェルノブイリ事故後)のウクライナで起きたことを見ても、問題はこんなものではすまない。子どもの悪性腫瘍の事例は、今後時間の経過とともにさらに増えるだろう。

●チェルノブイリ事故後、ベラルーシなどでは夏休みの時期、幼児から少年少女までを母親とともに安全な(放射線量の低い)地域に連れて行き、一定期間過ごすようにするとかなりの程度健康を回復することがわかっている。こうした転地療法はやった方が良い。

●日本政府はセシウム137を計測しているが、一層危険なのはストロンチウム90だ。セシウムはある程度体外に排出されるが、ストロンチウム90は、いったん体内に入ったら骨や歯の中にこびりつき排出されず、放射線を出して骨細部御などを傷つけ続けていく。

●チェルノブイリ事故後10年の経緯を見ると、とりわけ食物や飲料水を通した内部被曝は一層深刻な問題だ。

ジャガイモや米・穀類など、地中から直接養分を蓄える食物などから体内に入る、ストロンチウム90の影響は絶対に軽視してはならない。リンゴなどは葉と茎に放射能が蓄積する。人々が毎日簡単に食物の安全性、放射能汚染の程度を計測できるように計測機を各地に配備するべきだ。

●現在の避難地域より広範な範囲で、内部被曝の程度を最低でも半年に一度は計測し、人々の内部被曝の状況を監視するべきだ(1年ごとでは不十分)。

●チェルノブイリ事故後、ウクライナやベラルーシで、赤ちゃんが子どもに、青年に、そして成人になって、様々な障害が出てきているのと同じようなことが福島でも今後考えられる。

●原子力規制委員会は、再び原発稼働の許可を与える方針のようだが、(事故の原因究明も収束も何も進まない状況下で再稼働を認めるなど)個人的には理解できない。

●東北電力の女川原発は、大震災でも(奇跡的に)持ちこたえたが、日本は地震国、事故が起きた時の対価を考えると原発再稼働は何としても避けるべきだろう。


デルテ・ズィーデントプフ博士
(Dr.Doerte Siedentopf)”

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by sachiolin | 2014-04-13 13:40 | 引用::
なるほどです。


…そもそも『平家物語』というのは、「書かれた文字を読む人」と「聞かされたことを語る人」の合作によって出来たものなのです。だから、読本系と語り物系の二つのテキストがあるのでしょう。
 そもそもの『平家物語』は「目で読むもの」だった。それが琵琶法師のおかげで広く知られるようになったのでしょうが、『平家物語』以前の琵琶法師が語らない平安時代の物語ーーーたとえば『源氏物語』だって「読むもの」であると同時に「聴くもの」でした。
 お姫様のために、お付きの女房がテキストを読んで、お姫様はそれを聴く。あるいは、絵巻物として描かれた絵をお姫様が見て、お付きの女房が紙芝居のように、そこの部分のテキストを読むということをしていました。読まれるものを聴くものだから、あまり漢字が必要ではない。だから「物語」というものは、漢字抜きのかなの文字で書かれていたのですね。耳で聞いてしまえば、漢字もかなも同じですから。
 今の日本語の文章は、『平家物語』や『徒然草』以来の和漢混淆文ですから、別に不思議とは思わないかもしれませんが、そもそも和漢混淆文というのは大変のものです。なにしろそれは、「耳で聴く音だけのもの」に対して、漢字を充てはめて行くーーー耳で聴いてもよく分からない、漢字表現を加えて行くことだからです。
 その初め、日本には文字がありませんでした。言葉の音だけがあって、それを書く文字がないので、中国から来た文字ーー漢字を使って日本語を書きました。そのやり方も二通りで、『日本書紀』のようなものは、中国語の通りの漢文表現で、日本のことを記述しようとしました。これに対して『古事記』は、漢字の持つ「音」だけを利用して、話されている日本語をそのままに記述しようとしました。「音だけのものを文字にする」という点で、和漢混淆文は、『古事記』と同じなのです。
 漢字からは、やがてかな文字が生まれます。かなの文字で文章が書けるようになって、でも「音」は音のままです。伝えることをはっきりさせるのに役立つ漢字はありません。和漢混淆文の以前に日本語は漢字による「漢文」と、かなの文字による「和文」の二つに分かれて発達して来ました。漢文は公式文書を書くのに使い、和文は「公式」とは関係ない和歌や物語を書くために使われました。だから、「漢文はちゃんとしていなければいけないが、和文は曖昧でもいい」ということになってしまったのです。
 和漢混淆文というのは、漢文の日本化ではなくて、和文+漢字のハイブリッドです。漢文よりは分かりやすい日本語ですが、でもベースになっているのは和文ですから、曖昧なままのところがいくつも残っています。慈円の書いた『愚管抄』に分かりにくいところがあるのは、そのためです。兼好法師が《武士に問ひ書かせけり》と、まるで「『平家物語』は生仏書かせた」と読まれてしまう文章を書いてしまうのも、そのためです
……

橋本治

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by sachiolin | 2014-04-05 23:31 | 引用::

肝心なことは

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by sachiolin | 2013-10-17 12:17 | 引用::
僕は基本的には文章を音楽的に書いているような気がします。書いたものをよく声に出して読んで、リズムやソノリティー(音の響き)や音楽的ドライブ(うねりのようなものです)を細かくチェックします。それは僕にとってとても大事な作業です。文章がまず音の流れとして優れていること。僕はこのように文章についての多くを音楽から学びました。
 でももちろんそれだけでは小説にはなりませんので、そこに絵画的な部分を必要に応じて付加していきます。絵画的な文章に関して大事なのは、デッサンの速さと、塗り重ねの綿密さです。この部分は音楽的な部分に比べて、仕上げるのにすごく時間がかかります。作業としてけっこうしんどくもあります。しかしもちろんやりがいはあります。『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』の「世界の終り」の方のパートは、どちらかというと絵画的な傾向がより強いような気が自分ではします。
 だから僕が小説を書く場合は、音楽的な方法と、絵画的な方法とをかなり意図的に、有機的に組み合わせている、と言っていいかもしれません。「意図的に」と言いましたが、最初からそうだったわけではありません。僕は長い時間をかけて、このようなものの書き方のシステムを自然に作り上げてきたのです。あなたに質問されて、そういえばわりに意図的にそういうことをやってきたのかもな、とふと思っただけです。意識されない意図というか。ややこしいですね。

村上春樹
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by sachiolin | 2013-09-25 00:20 | 引用::

引用:: 長崎市長

今一度、ひとりひとりがしっかりと考えるべき時。



:::::::::::

68年前の今日、このまちの上空にアメリカの爆撃機が一発の原子爆弾を投下しました。熱線、爆風、放射線の威力は凄まじく、直後から起こった火災は一昼夜続きました。人々が暮らしていた街は一瞬で廃墟となり、24万人の市民のうち15万人が傷つき、そのうち74,000人の方々が命を奪われました。生き残った被爆者は68年たった今もなお、放射線による白血病やがん発病への不安、そして深い心の傷を抱え続けています。
このむごい兵器を作ったのは人間です。広島と長崎で二度までも使ったのも人間です。核実験を繰り返し、地球を汚染し続けているのも人間です。
人間はこれまで数々の過ちを犯してきました。だからこそ忘れてはならない過去の誓いを、立ち返るべき原点を、折りにふれ確かめなければなりません。日本政府に被爆国としての原点に帰ることを求めます。
今年4月、ジュネーブで開催された核不拡散条約(NPT)再検討会議準備委員会で提出された核兵器の非人道性を訴える共同声明に80カ国が賛同しました。南アフリカなどの提案国は、わが国にも賛同の署名を求めました。しかし日本政府は署名せず、世界の期待を裏切りました。人類はいかなる状況においても核兵器を使うべきではない、という文言が受け入れられないとすれば核兵器の使用を状況によっては認めるという姿勢を日本政府は示したことになります。これは二度と、世界の誰にも被爆の経験をさせないという、被爆国としての原点に反します。
インドとの原子力協定交渉の再開についても同じです。NPTに加盟せず核保有したインドへの原子力協力は、核兵器保有国をこれ以上増やさないためのルールを定めたNPTを形骸化することになります。NPTを脱退して核保有を目指す北朝鮮などの動きを正当化する口実を与え、朝鮮半島の非核化の妨げにもなります。日本政府には被爆国としての原点に帰ることを求めます。
非核三原則の法制化への取り組み、北東アジア非核兵器地帯検討の呼びかけなど、被爆国としてのリーダーシップを具体的な行動に移すことを求めます。
核兵器保有国にはNPTの中で核軍縮への誠実な努力義務が課されています。これは世界に対する約束です。
2009年4月、アメリカのオバマ大統領はプラハで「核兵器のない世界」を目指す決意を示しました。今年6月にはベルリンで「核兵器が存在する限り私たちは真に安全ではない」と述べ、さらなる核軍縮に取り組むことを明らかにしました。被爆地はオバマ大統領の姿勢を支持します。
しかし、世界には今も17,000発以上の核弾頭が存在し、その90%以上がアメリカとロシアのものです。オバマ大統領、プーチン大統領、もっと早く、もっと大胆に核弾頭の削減に取り組んでください。「核兵器のない世界」を遠い夢とするのではなく、人間が早急に解決すべき課題として、核兵器の廃絶に取り組み、世界との約束を果たすべきです。
核兵器のない世界の実現を国のリーダーだけに任せるのではなく、市民社会を構成する私たち一人ひとりにもできることがあります。「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないやうにする」という日本国憲法前文には平和を希求するという日本国民の固い決意が込められています。かつて戦争が多くの人の命を奪い、心と体を深く傷つけた事実を戦争がもたらした数々のむごい光景を決して忘れない、決して繰り返さないという平和希求の原点を忘れないためには戦争体験、被爆体験を語り継ぐことが不可欠です。
若い世代の皆さん、被爆者の声を聞いたことがありますか。「ノーモア・ヒロシマ ノーモア・ナガサキ ノーモア・ウォー ノーモア・ヒバクシャ」と叫ぶ声をあなた方は被爆者の声を直接聞くことができる最後の世代です。68年前、原子雲の下で何があったのか。なぜ被爆者は未来のために身を削りながら核兵器廃絶を訴え続けるのか。被爆者の声に耳を傾けてみてください。そしてあなたが住む世界、あなたの子どもたちが生きる未来に核兵器が存在していいのか、考えてみてください。互いに話し合ってみてください。あなたたちこそが未来なのです。
地域の市民としてできることもあります。わが国では自治体の90%近くが非核宣言をしています。非核宣言は、核兵器の犠牲者になることを拒み、平和の求める市民の決意を示すものです。宣言をした自治体でつくる日本非核宣言自治体協議会は今月、設立30周年を迎えました。皆さんが宣言を行動に移そうとするときは協議会も、被爆地も、仲間として力をお貸しします。
長崎では今年11月、「第5回核兵器廃絶―地球市民集会ナガサキ」を開催します。市民の力で核兵器廃絶を被爆地から世界へ発信します。
東京電力福島第一原子力発電所の事故は未だ収束せず、放射能の被害は拡大しています。多くの方々が平穏な日々を突然奪われたうえ、将来の見通しが立たない暮らしを強いられています。長崎は福島の一日も早い復興を願い応援していきます。
先月、核兵器廃絶を訴え、被爆者援護の充実に力を尽くしてきた山口仙二さんが亡くなられました。被爆者はいよいよ少なくなり、平均年齢は78歳を超えました。高齢化する被爆者の援護の充実をあらためて求めます。
原子爆弾により亡くなられた方々に心から哀悼の意を捧げ、広島市と協力して核兵器のない世界の実現に努力し続けることをここに宣言します。


2013.8.9
田上富久長崎市長
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by sachiolin | 2013-08-09 23:52 | 引用::

引用::  天と地

週報も年報もかかさず読んでいる。
石井ゆかりさんの文章は、何だかじわっとあたたかい。

プラスもマイナスも、全肯定する力、
勇気を持ち、正直に誠実に生きたい。

プラスマイナスゼロ。
人間万事塞翁が馬である。


今日の言葉*

人間が幸福であると感じるためには 二つの条件があると考えています。
一つは、自分の人生にきちんと向き合って生きるということです。
そしてもう一つは、自分を超える存在とつながっているという感覚があること。
それが大事ではないかと思います。

河合隼雄


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「天と地」


太陽の周りを地球が回っているのが「地動説」で
地球の周りを太陽が回っているのが「天動説」だ。
とはいえ
どっちの説に立とうとも
太陽や星の「見え方」がかわるわけではない。
私たちの生活の中では、あくまで
太陽は東から昇って西に沈む。

「自己肯定感」という言葉が
最近、けっこう一般的になってきている気がする。
自分が「ここにいてもいいのだ」と思える、そういう感覚が
生きる前提となっているかいないかで
生き方がずいぶん違ってしまう、というようなことだろう。
「自己肯定感」がないと、
「自分はここにいてはいけないのではないか?」
という疑念を常に感じてしまい
身の置き所がないような不安感を耐えず、味わうことになる。

自分はここにいてはいけないのではないか
自分などはぜんぜん重要でも大事でもないと感じていると
他者にとってもそうだろうと思える。
だから簡単に自分を立ち去らせたり、姿を見えなくしたりすることになる。

More
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by sachiolin | 2013-06-27 00:29 | 引用::

引用:: 利休七則

花は野にあるように


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利休七則

一、茶は服のよきように点て
二、炭は湯の沸くように置き
三、花は野にあるように
四、夏は涼しく冬暖かに
五、刻限は早めに
六、降らずとも傘の用意
七、相客に心せよ
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by sachiolin | 2013-04-18 15:06 | 引用::

引用:: 岡倉天心

岡倉天心のこの逸話知らなかった。

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1903年(明治36年)、岡倉は米国ボストン美術館からの招聘を受け、横山、菱田らの弟子を伴って渡米。羽織・袴で一行が街の中を闊歩していた際に1人の若い米国人から冷やかし半分の声をかけられた。

“What sort of nese are you people? Are you Chinese, or Japanese, or Javanese?”
(おまえたちは何ニーズ? チャイニーズ? ジャパニーズ? それともジャワニーズ?)

そう言われた天心は

“We are Japanese gentlemen. But what kind of key are you? Are you a Yankee, or a donkey, or a monkey?”
(我々は日本の紳士だ、あんたこそ何キーか? ヤンキーか? ドンキーか? モンキーか?)

と流暢な英語で言い返した。

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…ってカッコヨスギル!惚れる…
こういうのを本当の英語力というのだろうな。
海外に暮らしている間、少なからず馬鹿にされたり、揶揄されたりというのを経験した。
そういう経験を全くしない人も勿論いるけれど。。私などは、背も小さいし、見た目も明らかにアジア人だし、電車のなかや街で何度も惨めで悔しい思いをしたものだ。気にしなければよいのだし、そんなに気にはしていなかったけれど、それでも、どこかで気を張って、馬鹿にされないように、だまされないようにと、知らず知らず頑張って生きていたのだなぁと思い出す。

だからこそ、この岡倉天心の返しには、
カッコイイ!と心のなかで大拍手。
一枚上手だわぁ。痛快だなぁ。愉快だなぁ。
人生、痛快愉快にいきたいものだ。


今日の言葉*
人が、悪そのものをとおして
神を愛しているとき、
まさに、人は神を愛しているのである。

Simone Weil
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by sachiolin | 2013-04-14 00:22 | 引用::