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わたしの心の風景メモ。 


by sachiolin
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カテゴリ:観■Tanz( 6 )

観■ Masako Yasumoto

オモシロイ








今日の言葉*

──康本さんのダンスはジャンル付けできないものだと思いますが、
振り付けの発想はどこから生まれてくるのでしょうか?

「音を聴いて自然に身体が動くというのが大きいと思います。
どんなに発想しても音に合わなければ意味がないので。
あとは、だた踊るだけではなく、ダンスが魅力的に見える設定を考えています。
途中で日常的な動作とか、邪魔な動作が入ることによって、その後のダンスが栄えたりするんです。」
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by sachiolin | 2011-12-09 01:07 | 観■Tanz
ダンスが突然観たくなって、思いだしたコチラ。
ダンサーの友人いわく、世界中のダンサーが
一度は踊ってみたいと思うダンスなんだとか。
これが発表された当時、どれだけこれが
センセーショナルだったかと、語っていた
友人の横顔を思いだしている。元気かな。

ダンスを見ると、心に翼がはえます。


それにしても、シルヴィ・ギエムってすごすぎる。
なんなんだろう、一体!!!ひたすらドキドキします。

どう見せるか=どう見えているかが、
世界一分かっていて、完全にズームアウトできているのだけれど、
それと同時にズームインもしていて、「行ったり来たり」を
開かれた状態で同時にしているというか…もう、脱帽。 

演奏でいうと、どう聞かせるか=聞こえているか、
ってことになるわけであり。はい。




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by sachiolin | 2011-05-10 02:01 | 観■Tanz

ダンスの世界

シュテファン・トスの創り出すダンス、世界が、
私はすごく好きで、日本の人々にもいつか
見てほしいなぁと思う。そのトスのもとで、
長いこと働いているゆうきさんは、さすが昨日の舞台でも、
トスの紡ぎ出す言葉を、深く理解しているのが、
たくさんのダンサーたちのなかでも、よく伝わってきた。
深みというか、厚みというか。ああいうのは、
一朝一夕で作り出されるものではなくて、
長い年月をかけて培われたものなのだと強く感じた。

もうドイツに来て12年だという。

ダンスの世界というのは、音楽の世界以上に、
厳しいのだろうが、若くして日本を離れ、
異国の地で、長年信念をもって、続けてきている
ということ自体でも、大いに尊敬してしまう。
続けるということは、想像以上に大変なことだ。
なにがあっても、続けること、それは、力そのもの。
そして、ただ続けるだけではなく、さらに、
どんどん進化して、新しい世界を開拓していける力。
自分にとことん厳しいゆうきさんを見ると、
いつも、自分が恥ずかしくなったり、パワーをもらったり。

ゆうきさんは、ダンサーだけでなく、振付家としても活躍している。
今シーズンは、新作も発表される。
今から、とても楽しみだ。
You tubeに一部が公開されているので、
是非ここで紹介させていただきたい。


「ひかり、肖像」 5.2008



「Les Enfants Terribles 恐るべき子供たち」2006



ワークショップ 8.2009

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by sachiolin | 2009-10-12 00:12 | 観■Tanz

das Auge der Welt

昨晩は仕事がなかったので、バレエを観に行った。
今シーズンイタリアから移籍した新メンバーのキハコちゃんとは、
blogphotogragh
彼女のヴィザの申請を手伝いに外人局に行ったり、
お茶をしたりしていたけれど、彼女が踊る姿は初めて観た。

舞台の上の彼女はひたすら眩しかった!!!

モダンバレエ(いやコンテポラリー?)だから、
意味を探るということをしたくなるけど、
頭は動かされず、ただひたすら心が揺さぶられた。

日本人女性なのに、体格にも恵まれていて、
西洋人のなかでも、ひときわ美しくそこに存在していた。
いや、寧ろ、私は、日本人のもつ感性というもの、
可能性の広がりを、あらためて、彼女を通して感じたのだった。

踊る彼女を見ていると、なぜか私は、
彫刻が動いている、生きていると感じずにはおれなかった。
石の塊から、叫びをもって彫りだされたもの。その彫刻が、
瞬間瞬間が生きていて、それがなおかつ目の前で動いている。
私は息をのんで、一瞬も逃すまいと食い入るように見つめた。

生きている「凄み」というものを強烈に感じた。
いや、今まで生き抜いてきた凄みだろうか。
彼女のダンスは、言葉だった。言葉以上の言葉だった。
大好きなシュテファン・トスの創造するダンスは、
もともと中性的なものを感じていたが、彼女は性別も国籍も越えた、
今そこに生きる生き物としての、圧倒的な存在感だった。

キハコちゃん、君はすごい!惚れたよ!!


昨日の舞台には、日本人ダンサーが3人も踊っていた。
みんなキラキラ輝いていて、踊るのが好きなんだ、
続けてきたんだ、という強い思いのようなものを感じ、
なんだか、私はすごく嬉しかった。
こんなにも素敵な人々が近くにいて、
なんて幸せなんだろうと思った。
すごくよいパワーをもらった。

ありがとう。



今日の言葉*
「この少年は私などとはちがって、生命の純潔な末端のところで
燃えているのだ。燃えるまでは、未来は隠されている。
未来の燈芯は透明な冷たい油の中に涵っている。
誰が自分の純潔と無垢を予見する必要があるだろう。
もし未来に純潔と無垢だけしか残されていないならば。」
(三島由紀夫「金閣寺」より)
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by sachiolin | 2009-10-11 23:37 | 観■Tanz

Jiri Kylianの衝撃

自分の内を見つめてみて、ふと浮かび上がってきた
あるひとつの鮮烈な出来事を、ここに記しておきたい。



もう何か月も前のことになるが、私は初めて
Jiri Kylianという振付家の作ったダンスを観た。

それは、衝撃的だった。
全身を突き抜けるような衝撃だった。
伊藤若冲の絵を初めて観たときの感動に似ていた。


ダンスというものに興味を持ち始めた私は、
わくわくしながら席に座った。運よく1階席をゲットした。
舞台も客席も暗くなって、ふわっとダンサーが
舞台中央に浮かび上がって、踊り始めた。

始まって3秒で、強く引きつけられた。
始まって3秒で、何かが違うと感じた。

それは、今までに見たことないようなダンスだった。


ダンサーがそこで確かに踊っているのだが、
なにかに、なにものかに、動かされ踊らされているのだった。



ダンサーたちは、植物のようにも、動物のようにも、
亡霊のようにも、精子のようにも、受精卵のようにも
愛する男女のようにも、水のようにも、火のようにも見えた。

いくらでも勝手に変化した。
そこで踊っているダンサーたちは、
明らかに人間という枠を超えていた。

ダンスも明も舞台装置も音楽も、
全てが溶け合いぶつかりあい、
ひとつの巨大な何かができあがっていった。

自他の境界線が全く消えている。
自他が、世界が、完全に見事に融合している。

見ているわたしは、そのなかに、その世界に、
ただ身を委ねるだけだ。吸い寄せられるだけだ。

全てが、共に、そこに在った。
共時性を、強烈に感じた時間だった。


見終わったわたしは、抜け殻になった。
空っぽだった。空洞だった。
自分という入れ物の中に、ぎゅうぎゅうに
押し込まれていたたくさんのものが、
一気に、吸い出されて、立ち尽くした。


あぁ。今、あのダンスを、Kylianの世界を
いまいちど、体験したいものだ。



こうして実際に映像で見直してみても、
ライブで感じるものの、百分の一にもならないのを
感じずにはおれないが、こうして見られるだけでも
幸せなことだ。挙げたらきりがないが、少しだけ。


●Gods and Dogs(わたしが観た演目)






●Bella Figura(リハーサル)

この映像を何度見たことか。
何度見ても、飽きない。
何度見ても、沢山のことを学ぶ。
Kylianの澄んだ瞳と言葉は、深い。
mind body head life・・・のつながりかたは、
ずっと私のなかで深いテーマである。
彼の作るダンスには、「正確な」リズムや「正確な」テンポというのは
存在しない。生き物が生きているうえで感じる、バイオリズムのような
呼吸のような、本当に自然な波の上で、「動き」が動き続ける。
英語が専門の友人が英文に立ち上げてくれたので、
下に転記させていただきたい。ありがとう、ともちゃん。


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You know, the older I get, I don’t come in to the studio with preconceived ideas. It is impossible.
So, I try to create an atmosphere in which everybody participates in the creation, rather than me, imposing them, say “do that, do that, do that.”.

When I was very young and extremely insecure, then, I worked out everything at home and knew that everything worked perfectly when I told the dancers what to do. This is of course the most boring way of creating.
To share the experience and to have the input of the dancers, it makes the choreography richer and makes it more fun. And that’s what we have done. Everybody participating, and everybody thinking in one way, and everybody believing that we are making something that is worthwhile.

So you need to have all these ingredients. Of course, I have some general outline of the work, but through improvisation of the dancers or through their sheer, creative input, the choreography happens to be what it becomes,
----------------------------------------

Yeah, it‘s very beautiful. You know, when you do this, imagine that your mind and body is not connected. So, in your body you’re in a certain time but in your head, you’re in another time. So, you’re constantly are not connected to your body and to your life. Ok? Something like that.


●Bella Figura

なんて美しいんだろう。





●Petit Mort








●Falling Engels

これも本当に大傑作だと思う。
土の上で鼓動する植物のようにも見える。
黒い衣装と黒い背景で、角度によって、
身体の部分が浮き上がって、独立して見えて、
それもすごく面白い。何度みても感心。




●Blackbird


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by sachiolin | 2009-09-27 08:30 | 観■Tanz
昔の日記より。
自分の心と頭、いろいろ整理中。


踊りをみるのは、大好き。
心に矢が突き刺さる。
脳に毒が注入される。
背中に翼がはえる。

ピナバウシュの作る世界。
ダンサーというよりは、一人間としての
ぎらぎらした個性たちが、舞台上で集まり散ら張り、
飛翔し、沈没し、泣き叫び、喜び狂うという、
見たことのない異空間。忘れられない。

またいつか是非観たい。


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観てきました。
ピナバウシュ舞踏団の'Ten Chi'
と言っても、立ち見席。
と言っても、かなりの立ち見席。

開演前、チケットは勿論売り切れ。
いつものように、チケット余って売りたい人が
いるかと思っていたら、逆に
「Gesucht」(チケット探してます!)という
札を持った人がちらほら。
いつもとは全く違う状況に
これは埒が明かんと、裏からまず潜入。
といっても、いつも使ってる楽屋口ですが。
大抵いつも、内部の人が座っている席に
潜り込んでみたら、まだリハーサル中。
やっとリハが終わり、観客が入ってきたところで
チケットモギリのおばちゃんに案の定見つかる。
「すみませんでしたー」といそいそと退場。
リハーサルを垣間見てしまったものだから
その凄さを味わってしまった私、
さそり座の女の執念がめらめらと燃えてきた。
「どうにか観たい!!!!!」
ない頭をフルに使って、アイディアを探しつつ
裏の廊下を歩いていたら、いかにも
「裏方さん」風の女の人が。
「あのぉ…どこか、席ないですかねぇ??」
「ああ、あなたも観たいの?バレエ?
私も観に行く所だからよかったら一緒に来る?」
「本当に~~~~~!?(満面の笑み)」
「ただし、席はないけどね・・・!」

と、案内されたのが、舞台袖!!
そうか、こんな所があったとは。っておい。
彼女は、紙吹雪を上から撒いたりする
(多分)大道具さん。チケットが売り切れの時は
たまにここで舞台を横から観るという。

普段オケピットの所も、今日は舞台になっていた
ため、舞台の前方は、近くにあるモニターで鑑賞。
だから、全体像がしっかりは掴めなかったが、
そのかわり、舞台に出る直前のダンサー達の姿、
息遣い、裏方さんのお仕事…などなどじっくり
味わった。ダンサーさんとの距離、
10センチ…
5センチ…
0センチ。(どどうも・・・すみません^^;)

あああ、緊張した。
存在感を消そうと無の境地を1人で
開いていた。邪魔したくなかったし。
(そういう問題じゃないか…笑)

それにしても、一人一人が何と生き生きとしている事。
何とまぁ、かっこいい!!
特に本番直前のダンサーの目とオーラ。
たまらない。

Tanztheaterと言うだけあって、
もうあれはダンサーではなくて、みな役者。
それも、とびっきり個性的な、
とても魅力的な。
踊り出すと、もっともっと。
溢れ出している、生命力。

日本がテーマのこの作品
森山良子の「サトウキビ畑」や
和太鼓のサウンドが大きく流れたり、
あのサダコをイメージしたとしか思われない
白服の黒髪女性のダンス(足音を自分で
マイクで発声←大爆笑)や、ネクタイを
何本も持って、スーツ姿の男性が何人も
踊り狂ったり、ユーモア満載の舞台。
後半から降り続く紙吹雪は、散りゆく桜の
ようでもあり、降り続く雪のようでもあり。
その白い絨毯で、ぐるぐるとダンサーが
踊ると、床がまるで、日本庭園のように。

終演後、ピナバウシュご本人さまが
すぐそこにいらしたから、
いてもたってもおられず、お近づきに。。。

「今日、私は日本を見ました。」と
感動を思わず伝えたら、
「まぁ本当?」と
嬉しそうににこっと笑ってくださった。
なんて、静かな人なんだろう。
なんて、美しい女性なんだろう。

たくさんのエネルギーをもらった感動の一夜。
明日もあの席で観ようかなぁ…。寿命が縮まるか。




・あの楠田枝里子さんのページの
ピナバウシュ中毒」面白い。
個人的に、「消しゴム」がかなりツボ。


写真;究極の立見席より。カーテンコール。
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by sachiolin | 2009-04-13 20:11 | 観■Tanz