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わたしの心の風景メモ。 


by sachiolin
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やわらかな水面

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最近、ことばを以前のようにうまく扱えない。特に書きことば。以前のように、ことばがスルスルと繋がっていかない。音になる前の音、ことばになる前のことばの、その臨界面を柔らかく触れる練習をしているからかもしれない。ことばにした瞬間の儚さたるや、とんでもないと、今更気付いた。語れば語るほど語れないコトバウナギループ。 絞り出すようにでもなく、溢れるようにでもなく、叫ぶようでもなく、選ぶのでもなく、思わず出てくることば。あちらとこちらのどちらにも跨っているような、ことば。揺らぎ。水滴でも、水路でもなく、水面そのもの。 ことばの水面を探るということは、心の凪を探ることだ。心の水たまりの深い静けさを。山々を深く映し出す湖面は、現実と幻想の淡いそのものだ。美しさは、決定的な裏返しを秘めている。ほんとうの凪が訪れれば、ほんとうの揺らぎが訪れ、ほんとうの嵐がやってくる。ほんとうの音を動かすためには、ほんとうの静けさに、耳を澄まさねばならない。

どこにも向かっていない音はない。


水面を静かにさわると、あることとないことの間が、指先で感じとれるようになってくる。そういう、やわらかな触覚のような聴覚を探っている。それは、集中ではなく集注なのだろう。閉じるのではなく開くこと。削るのではなく、なめらかにすること。


ここにこうして色々なことを書くのも、やめようかなと、最近考えている。ただ、なんとなくだけれど。なんとなく始めたものが、こんなに続くと思わなかった。 最近の自分のなかの、ことばに対する感覚は、今までにないもので、少し戸惑っている。何かが大きく変わろうとしている気がする。今まで、水滴を絞ったり、水路を作ったりしていたけれど、静かに水面があらわれ始めたのかもしれない。
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by sachiolin | 2012-05-02 02:24