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わたしの心の風景メモ。 


by sachiolin
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やわらかな水面

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最近、ことばを以前のようにうまく扱えない。特に書きことば。以前のように、ことばがスルスルと繋がっていかない。音になる前の音、ことばになる前のことばの、その臨界面を柔らかく触れる練習をしているからかもしれない。ことばにした瞬間の儚さたるや、とんでもないと、今更気付いた。語れば語るほど語れないコトバウナギループ。 絞り出すようにでもなく、溢れるようにでもなく、叫ぶようでもなく、選ぶのでもなく、思わず出てくることば。あちらとこちらのどちらにも跨っているような、ことば。揺らぎ。水滴でも、水路でもなく、水面そのもの。 ことばの水面を探るということは、心の凪を探ることだ。心の水たまりの深い静けさを。山々を深く映し出す湖面は、現実と幻想の淡いそのものだ。美しさは、決定的な裏返しを秘めている。ほんとうの凪が訪れれば、ほんとうの揺らぎが訪れ、ほんとうの嵐がやってくる。ほんとうの音を動かすためには、ほんとうの静けさに、耳を澄まさねばならない。

どこにも向かっていない音はない。


水面を静かにさわると、あることとないことの間が、指先で感じとれるようになってくる。そういう、やわらかな触覚のような聴覚を探っている。それは、集中ではなく集注なのだろう。閉じるのではなく開くこと。削るのではなく、なめらかにすること。


ここにこうして色々なことを書くのも、やめようかなと、最近考えている。ただ、なんとなくだけれど。なんとなく始めたものが、こんなに続くと思わなかった。 最近の自分のなかの、ことばに対する感覚は、今までにないもので、少し戸惑っている。何かが大きく変わろうとしている気がする。今まで、水滴を絞ったり、水路を作ったりしていたけれど、静かに水面があらわれ始めたのかもしれない。
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Commented by yuta at 2012-05-04 14:21 x
こんにちは。
はじめてですが、おじゃまします。
ことばと仲良くなりたいと願っている読者のひとりです。
ことばの気持ちをなんとなくでも感じられたら、それはそれは素敵だなあと思っているのです。
だからもっともっとことばと向き合いたいなあと思うのですが、ただたんに自己満足だったり、けっこうしんどかったり、なかなか容易ではありません。でも、必ず人や自分と向き合わなくてはならないときがあるように、この作業も必要なことなのかな、と思っています。
またそれがないと「そのうちことばに見放されるぞ」と感じるし、この頃そんなふうにことばを使っている人を目にし耳にし、切ないような虚しいようなそんな気持ちになります。けれど、そもそもことばは使うものではなく、ひとがそうして自分の手の内にあると勘違いしてしまったところから、何かがズレたり空回りしたりしているのかもしれませんね・・・。

sachiolinさんのことばに触れるのがとても好きです。
これからも頼りにさせてもらえたら嬉しいです。
Commented by カンリニン at 2012-05-09 02:32 x
コメントをありがとうございます。yutaさんは、とてもことばを大切になさっている方なのですね。それが伝わってきます。
ちょっと今、うまく書けないので、、、とりいそぎの御礼まで。 


by sachiolin | 2012-05-02 02:24 | Trackback | Comments(2)