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わたしの心の風景メモ。 


by sachiolin
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海の底。

彫刻家が、一つの大きな石から
美しい裸体を掘りだしていくように、
演奏家は、命を削って魂を削って、
美しい音楽を浮かび上がらせなくてはならない。

石が叫んでくるのを、紙に書かれた音符が叫んでくるのを、
じっと読みとらねばならない。じっと感じとらねばならない。

孤独でなくてはならない。

ずっと孤独であることが、耐えられなかった。
自分という暗闇に、ぽっかりと空いた穴が、突如迫ってくることがあった。
それは津波のようなもので、そういう時は静かに海に沈んで、
その場を凌いだ。そのうちに波は去り、明るい砂浜に戻っていれば、
また友達と笑っていれば、そのことは忘れられた。

けれど、人は誰といようと、誰と笑っていようと、
一生孤独なのだ。生れてから死ぬまでひとりなのだ。
一時忘れられても、結局そこに戻ってきてしまう。
その事実は、圧倒的に自分に迫ってくる。戻ってくる。
森の中で、随分歩いたと思ったのに、また
同じところに、同じ場所に戻ってきてしまうような感覚だ。

そのいつもの場所からは、ちらちらと海の底が見える。
ぐるぐる回ったり、ちらちらと見たり、ぐいぐいと引っ張られたり。
多分、私は迷いながらも、孤独というものの
空恐ろしさから、逃げてきたのだ。
いや、そんなへっぴり腰では、
きっと海の底には潜れはしないのだ。


孤独というのはいいものだ。

最近ふとそう感じることが多くなった。
海の底に潜ったことはないけれど、そこはきっと静かで穏やかで
ゆっくりと時間が流れているのだろうと想像する。

静かに自分という生きものが沈殿していく。
闇が深ければ深いほど光を輝かしく感じ、
光の粒が細かく切実に訴えてくる。

安らかで穏やかで静かで波立たない、海の底。
静かに揺れ動く生きもの。静かに揺れる砂の粒。
自分ひとりでしかたどり着けない場所。
自分ひとりでしか味わえない感覚。
「さびしさ」と呼ばれるものを感じるのは、光と闇の間。
どうしてもそこを行ったり来たりする。
光が見えると、そっちに流される。そっちに引っ張られる。
でもそこからさらに下降すると穏やかな世界がある。

上から下へ。落下。沈殿。

落ちていく、落ちていく。海は深い。 
上がることだけを考えているうちは、深まらない。
上に積み上げることには限界がある。
深さは、知らずと高さになる。ゆだねることは強さになる。


孤独とは、もっと恐しいものだと思っていた。
孤独とは、穏やかな静かな海の底だった。

海の底には、潜ろうとして潜るものではないのだと最近分かった。
重い石を腰に巻きつけて、早く落ちようとしても落ちられない。
全てを受け入れて、ゆだねて、自分を砕いて、細かい砂になって、
静かに静かに水の中を落ちていくと、いつの間にか海の底にたどりつく。


私が、本を読むのが好きなのは、その自分が沈殿していく感覚を
リアルに味わえるからかもしれない。音楽や映画と違って、
本を読むのは誰かと味わうものではない。
ただひたすらひとりの世界に静かに沈んでいく。
沈んだ先で、作者の、その海底と横で繋がっている。
どろどろサラサラふわふわ。色んな砂がある。 色んな音がある。

暗闇で耳を澄ます。

光の粒が訴えてくる。
音の粒が訴えてくる。


海は深い。
どこまでも深い。


世界のどこにいても、
どこの誰といても、
目を閉じれば、海の底は、
わたしのすぐとなりで待っている。

じっと、耳を澄ます。



今日の言葉*

「窓を開けることは、聴くことである。
街を歩くことは、聴くことである。
考えることは、聴くことである。
聴くことは、愛することである。
夜、古い物語の本を読む。
ーーーー私の考えでは、神さまと
自然とは一つのものでございます。
読むことは、本にのこされた
沈黙を聴くことである。
無闇なことばは、人を幸福にしない。」

(長田弘 詩集「世界はうつくしいと」より)


今日の音楽**

Baden Powel   
魂を削る音がする。海の底の水の揺れる音がする。

by sachiolin | 2009-12-31 09:48 | 考〇