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わたしの心の風景メモ。 


by sachiolin
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ことばの力、なまえの力。

仕事場でイタリア語が飛び交っている。
12日のプレミエ公演に向け、目下、
ヴェルディのトロヴァトーレのリハーサル中だが、
常任の指揮者が急病で、急遽イタリア人の指揮者がゲストで
振ることになったからだ。先シーズンに一度だけ、
この有名歌手がゲストで歌ったときに、トスカを振ったのだが、
リハーサルなしでぶっつけ本番という状態だったにも
かかわらず、実に見事に大きな音楽を作り出し、引きだし、
あの時の感動は、新鮮な記憶として今でも残っていた。
そんなに有名ではないようだけど(?)、
こういう指揮者さんが、いるところにはいるんだなぁと、
案の定、毎日感動している。あぁ幸せ。

彼の指揮には、炎が見える。
それが直に伝わってきて、音楽に、私たちの心に火をつけてくれる。
すごく熱いのだ。普段ドイツ人と接しているからか、余計に、
「これぞイタリアン」というものに、触れてさらに新鮮。



それにしても、イタリア語というのは、聞いていてとっても楽しい。
イタリア人はとにかくよくしゃべるというイメージがあるが、
あの言語を身につけると、誰でもやっぱり「お喋り」になるんだろうなと
思ってしまう。さすがオペラ歌手は、イタリア語が分かる人が多くて、
オーケストラへの指示以外は、ほぼイタリア語でリハが進む。
ふとみると、舞台の進行を仕切る人も、何気にイタリア語で
ベラベラと話していて驚いた。ドイツ語を話すその人とは
随分と雰囲気が変わって、いきなり、身振りもイタリア人っぽく
なって、突然オーラも明るくなっていて、別人のようだった。
洋服を脱いだり着たりするように、ことばを着せ替えているみたいだった。
新しいことばを「身につける」と言ったりするけれど、
ことばというのは、ある種、洋服みたいなものなんだなぁと。
どんな洋服を着ているかで、それを着る人の心も、それを見る人の心も
変わるものなのだ。いろんな服を着てみるのは、やっぱり楽しい。
音楽用語は、イタリア語が多いから、何となくわかったりもするけれど、
私もイタリア語を理解できたら、話せたら、楽しいだろうなぁ!

そんなわけで、「ことばの持つ力」、というのを感じる今日の頃だが、
それと同時に「なまえの持つ力」もよく考える。この前読んだ本で、
養老先生が「日本の言葉を全部江戸時代の言葉にしたらどうかと思う。
大学の評議員は【年寄】で、助教授は【若頭】で、社長は【親分】で。」
と語っておられ、ナルホドそれは名案ダ!と笑い転げて膝を打った。
たしかに、そしたら、もう少し日本もまともになるような気がいたす。
「なまえ」というのは不思議なものだなぁと前から思っている。
例えば、「自分」というのが、「サチコ」であると、認識するようになったのは、
小さい時に、他人が何度も何度も自分を「さっちゃん」とか「サチコ」と呼んだり、
自分でもその名前を反復したり、学校でそういう名前を何度も書いて、
刷り込まれてきたからで、もし自分が無名で、ただいつも一人の人間として
今まで生きてきたら、一体どんな気持ちなのだろうとふと考えたりもする。
要するに、名前というのは、学校や会社など「社会」という
システムの中で「自分」というのを判別するためにあるようなもので、もしそういう
ものに、なにも所属しなければ、本来は必要ないものような気もする。
本来は、私は私だし、あなたはあなたであり、それ以上でもそれ以下でもないはずだ。
動物も鳥も、無名のまま、のびのびと生きている。
「あなた」という単位がどんどん大きくなって、巨大な「あなたたち」に対して
極小さい「わたし」を、分かってもらうために、見つけてもらうために、
名前というのがある気がするのだ。調べたことはないけれど、例えば、
いつから人間は、名前をつけるようになったのだろう???
いつから人間より、名前が先走るようになったのだろう???

私は、いろんな意味で、「有名」になりたいとは決して思わない。
岡本太郎的に、寧ろ無名でありたい、無名でいたいと思う。



今日の言葉*
「人間というものは何でもないわかりきったことを疑問にして
 その葛藤に巻きこまれてどうにもならなくなってゆくものだ。
 いうまでもなくそれは愚の骨頂なのであるが、この愚かさそのものが、
 これまでそんなものがあることを夢にも思いえなかったある領域を
 われわれに開放するのだ。愚昧はいいかえれば好奇心である。
 好奇心は神がわれわれ人間の精神に植えつけたもので、
 神もまた、おそらくは、自分自身を知らんと欲して、人間をつくり、
 人間をとおしておのが好奇心を満たそうとするのだろう。」
(鈴木大拙)



今日のドイツ語**
緯度;die (geographishe)Breit、der Breitengrad
緯度;die geographische Laenge、der Laengengrad
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by sachiolin | 2009-09-04 07:49 | 考〇